第百八夜   取引先と飲んだ酒がようやく抜け、夜道に車を出したときにはもう日付も変わっていた。 都市部を抜けると対向車も少なく、冴えた冬の空気に素通しのLEDの街灯が目に刺さる。十分に酒の抜けた頭は冷静で、自然 […]
第百五夜   仕事柄、正月は掻き入れ時で休みとは縁が無い。その分、他の時期に纏まった休みを貰えるが、親とも郷里の友人とも都合が合う訳でなし、もう何年も実家へ戻っていない。 年が変わるといっても、正月セールのため […]
第百二夜   小さな商談のために、初対面の女性と駅前で待ち合わせをしていた。約束の十分前からふくろうのオジェの前に立っていると伝えたが、たっぷり五分を待たされて漸く先方から声を掛けられた。 「すみません、私も五 […]
第九十六夜   低く垂れ込めた雲に薄暗い通学路を、傘を差して歩く。大振りなゴム製の雨靴の中で足が前後左右にずれて歩き難い。頻繁に履くものでもないのにどうせ直ぐに成長して履けなくなるからと、梅雨の時分に大きめのも […]
第九十五夜   嫌な予感と共に目を覚まし、慌てて枕元を探ってスマート・フォンを手に取って確かめると、いつも目覚ましを鳴らしている時刻を優に三十分は回っている。 慌てて飛び起きて寝間着代わりのTシャツを脱ぎながら […]
第八十九夜   パチリ、またパチリと硬い音が繰り返されるのが気になって薄目を開ける。私を起こさぬよう気を遣っているのか照明は常夜灯のみで薄暗い中、傍らのソファで女が爪を切っている。私からはまともに色も見えぬ暗さ […]
第八十五夜   朝の列車というのは不思議な空間である。 一定の空間内に限界まで人が密集していながら皆が周囲に無関心であり、気力の充実しているといないとに関わらず、精々が情報集や勉強をする程度で、出来る限りエネル […]
第八十一夜   いつもの公園のいつものベンチに腰を下ろし、冷凍食品を詰め込んだだけの小さな弁当箱を膝に載せて噴水を眺める。 久し振りの秋晴れの昼休みに味わう、ささやかな贅沢である。 小さな弁当箱はすぐに空になる […]
第八十一夜   引っ越しの荷物を積んだ車に乗り込む両親を見送って、弟の手を引きアパートの部屋に戻るのは今日二度目だった。幼い弟は引っ越しにおいては戦力外、と言うよりは寧ろ足手纏であり、私も力仕事の役には立たない […]
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