第八百二十七夜
サークルの部室で年末最後のレポートを書き上げて伸びをすると、腹の中に溜まっていた何かの気体が移動して腹が鳴った。それを聞き付けた後輩の一人が、昼食時も過ぎていい頃合いだから食事に行こうと声を上げる。
部室内から有志を募って上着を羽織って廊下へ出る。五人ほどで階段を降りながら何処で食事をするかの相談をする。学食はサークル棟からはやや遠いのだが、学生街だけにラーメン屋、定食屋などはいくらでもある。誰かがそのうちの一つ、古くからある洋食屋の名前を上げると、
「あ、ごめんなさい。私そこは駄目なんです」
と女子の一人が胸の前に掌を上げて宣言した。
店は古いが清潔で、アンティークな調度品と可愛らしいお婆ちゃんの接客で女子受けも悪くない店なのだが、まあ好みは人それぞれだろう。
じゃあ何処にしようかと建設的な話をしようと口を開くより早く、
「えー、どうして駄目なの?」
と尋ねる声が上がる。声の主としては何かそこで食べたいメニュでもあったのかも知れないが、一個人が何かモノを嫌がる理由の詮索をするというのはあまり集団に益をもたらさない、というより大概は害をもたらすものだ。ほんの二年くらいだけ人生の先輩として、後で一言だけ忠告してやろうか。
しかし、今日はたまたまと言うべきか、
「いや、私、呪われてるんですよ」
というまるで予想外の理由によって、場の雰囲気の悪くなることは避けられた。
曰く、彼女が中学生の頃、仲の良い友人にオカルト好きの女の子がいたと言う。彼女がネット・サーフィンをしていて、呪術の原理や簡単な呪術の実践方法を紹介するホーム・ページを見つけたと興奮していたことがあった。呪いだなんて非科学的なと馬鹿にすると、そこで紹介されていたのは黒魔術とか藁人形とかの類のものではなく、心理学的な根拠のある呪いの方法で科学的なものなのだと言い張る。それなら自分に呪をかけてみろと言ったが運の尽き、見事に呪いなのか強力な暗示なのか、まあとにかくそういうモノに掛かってしまったのだそうだ。
「で、どんな呪いで、それが洋食屋さんの拒否と同関係が?」
と問うと、
「ソースと醤油を二回に一回間違える呪いなんです」
と苦笑いをする。流石にそれは偶然だろうと笑いながら、半ばからかうようにその本当に効く呪術の方法を尋ねる皆に、しかし彼女は首を振り、
「呪いの内容は万が一本当に効いても困らないようにって私が決めたんですけど、本当に、下らない内容にしてよかったて思ってますよ、心から。だからその方法は教えません」
と真面目な顔で宣言した。
そんな夢を見た。
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