第八百二十五夜
バイトを終え、事務所の一角をカーテンで区切っただけのロッカー・ルームへ入り、男性利用中のマグネット付きの札を脇のホワイト・ボードに貼り付けてカーテンを閉めた。制服のシャツを脱いでロッカーを開け、中に掛けた私服のシャツを取ろうとすると、シャツに何かが引っかかっている。
ロッカーの暗がりからハンガーを取り出してみると、可愛らしくデフォルメされた猫の描かれた布が、シャツの肩にちょうどその顔の見えるように掛けられていた。不審に思いながら数秒に渡り記憶を辿って、同じバイトの女の子が以前穿いていた靴下を思い出す。太腿辺りまでの長さで、ちょうど膝のあたりに猫の顔がくるようデザインされていたのを面白く思った記憶がある。
どう片付けたものか、とりあえず顔の見えるように四つ折りに畳んで手に持って、ロッカーのリュック・サックを背負いカーテンを開ける。と、ちょうど交代に待機していた小母さんと、遅刻気味にやって来たらしい靴下の持ち主の女の子が小声で世間話をしているようだった。
彼女は私の手元の靴下を見て、何故か嬉しそうにそれは何処にあったのかと問う。よくわからないのだが自分のロッカーに片方だけ入っていたのだと正直に答えると、不審者を見る目で気分の悪くなるような言葉を吐きかけた小母さんを遮り、
「じゃあ、やっぱりそれ私のだ」
と私から靴下を受け取る。
つい二十分程前、バイトに来るために着替えをしていたときのこと。今日はその靴下を穿こうとタンスから取り出して片方を椅子の背に掛け、もう片方に脚を通して振り返ると、確かに置いたはずの片方が無くなっていた。何処を探しても見付からず、結局別の靴下に穿き替えたのが遅刻ギリギリになった理由だ。そう言って彼女はその靴下の匂いを嗅ぎ、
「うん、やっぱりウチで使ってる洗剤の匂い」
と笑うのだった。
そんな夢を見た。
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