第八百二十八夜
北風に肩を窄めながら帰宅して荷物を置き、何はともあれ風呂に湯を張った。北から強い寒気が南下しているそうで、今晩は今季で一番の冷え込みになると朝から予報が出ていた。それなりに着込んで出掛けたつもりだったが、最寄り駅から徒歩十分の間に脚がすっかり冷えてしまっている。
続いて手を洗ってから部屋の暖房を動かし、多少空気の温まるのを待ってコートとマフラを外してクローゼットのハンガに掛ける。湯を張る間に晩酌のための簡単なツマミでも作ろうかと冷蔵庫を開け、不意に催してトイレへ向かう。冷えるとトイレも近くなるというものだ。
扉を引いて、少しだけ心臓が跳ねる。便器の蓋と便座が上がっていた。もちろん、センサで自動で蓋が開く機能などは付いていない。だから驚いているのだ。
私は一人暮らしで、合鍵を渡しているのは田舎の両親だけだから、昼の間に部屋に上がる者に心当たりはない。用を足すには大にしろ小にしろ便座に腰を下ろすし、水の跳ねるのが嫌で必ず蓋を閉めてから水を流してトイレを出る。だから、トイレに入って蓋や便座が上がっているはずなどない。今朝だってそうしたはずだ。
ところが今目の前には、こうして便座の上がったトイレが泰然と構えている。なんとなく気味の悪さを感じながらも便座を下ろして用を足し、いつものように蓋を下ろして水を流す。
この現象、実はこれで三度目なのだ。初めては初夏の頃で、そのときには大騒ぎをして管理人に監視カメラを確認してもらったり、警察に窓からの侵入の跡などが無いかを確認してもらったのだが、大山鳴動ネズミ一匹すら見付からなかった。
炒め物の下ごしらえを済ませたところで風呂が湧き、着替えを用意しながら、この二ヶ月に一回程度のサプライズ・イベントを理由に引っ越しをするべきか検討を始めた。
そんな夢を見た。
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