第五十夜 「お、そろそろだな」。 友人の声に壁掛け時計を見やると、十時半を三秒、四秒と過ぎてゆくところだ。 「本当に?」 と尋ねると、 「後三十秒で分かるさ」 と笑って返す。 最低限の家具だけが無機的に並ぶこの部屋の主曰 […]
第五十四夜 もう今日は休もうかと考えていた深夜、台風一過で雨が止んだのを見てこれ幸いと着替え、ジョギングに出る。出不精で運動嫌いだったはずの私がひと月もしないうちに、一日走らずにいれば尻がムズムズと落ち着かなくなっている […]
第五十三夜 久方ぶりに雨が止んだので、縁の下から這い出て庭を抜けて散歩に出ようと思ったが、いつもの通りへ出る玄関先に大きな水溜りが出来ている。脚を濡らすのは御免被りたい。庭を家の裏手へ回ると轟々と音がする。背中の毛を逆立 […]
第五十二夜 きれいに短く切りそろえられた白髪頭を掻きながら老爺は淋しげに笑う。 「もう随分と長いこと、蝉の研究をしてきたけれどね、本当に、心の底から悔しいことが一つあるんだ」 「ほう」 と一つ返事をして、夕暮れの公園で友 […]
第五十夜 屋根を叩く雨音が消え、雨の切れ間を盗んで近所のコンビニエンス・ストアへ買い物に出ようと思い立ち、部屋の鍵と財布とだけを手に部屋を出て、アパートの階段を降りる。また降り出さぬうちに用を足して帰りたい。濡れたアスフ […]
第四十八夜 「そろそろお前たちも大きくなった」 「ええ、もう翼の大きさは一人前ね」 燕の夫婦が三羽の雛たちにピイピイと宣言する。 「今日からは羽ばたきの練習を始めよう。なに、我々燕は風を切って飛ぶんだ。鴉が大きな体を、無 […]
第四十四夜 暗い山道をハイビームで照らしながら車を走らせる。 席がお開きになってから車内で酒が抜けるのを待つうちについ眠ってしまい、日付も変わった頃合いである。今更急いで帰っても細君のお叱りは変わらなかろうから、努めて安 […]
第三十九夜 雨上がりの早朝、雨露を湛えた稲の葉が青々と輝く隙間を縫って走る畦道を、犬に引かれて歩く。 と、犬が一鳴きして綱をひときわ強くグイと引く。 犬の視線の先を見ると、道に敷かれた砂利が盛り上がっている。いや、よくよ […]
第三十夜 安アパートの二階にある自室は五月晴れで蒸し暑く、なかなか寝付かれない。 さっぱりしたものを飲みたくなり、財布を手にサンダルをつっかけて部屋を出る。階段を下ったところにアパートの設置した自販機があるので、鍵の心配 […]
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