第五十四夜

もう今日は休もうかと考えていた深夜、台風一過で雨が止んだのを見てこれ幸いと着替え、ジョギングに出る。出不精で運動嫌いだったはずの私がひと月もしないうちに、一日走らずにいれば尻がムズムズと落ち着かなくなっているのだから不思議なものだ。

玄関を出るなり、台風の連れてきた暑く湿った空気が顔に纏わり付くが、それでも走らずに一日を終える気持ちの悪さに勝るものではない。路面のあちこちに出来た大きな水溜りを跳ねて避けながら走り、川沿いの道へ出る。

閑静な住宅街の合間に公園や竹藪が並び、疎らな街灯が濡れた路面を照らしている。公園の植え込みにしぶとく花を付けた紫陽花が闇の中にぽっかりと浮かび上がり、花や葉に付いた露が星に似て輝く横を走り過ぎたとき、
――チリチリチリ
と、か細い音が聴こえる。
 少々気の早い住人の吊るした風鈴が台風の吹き返す重い風に揺れて立てる音かと思いながら、脚の動くままに走る。
――チリチリチリ
 今度はよりはっきりと聞こえる。きっと風鈴のある家へ近付いているのだろう。
――チリチリチリ

公園を過ぎる。
――チリチリチリ

民家を一軒二軒過ぎる。
――チリチリチリ

一区画走りきってもまだ聞こえるのを奇妙に思いながら小さな橋を渡ろうとすると、その袂に一匹の青大将が、鎌首をもたげてこちらを見ている。毒の有るわけではないと分かっていても少々気味が悪く、出来る限り距離を取って脇を走り抜けようとすると、ヒヤリと固い感触が脛を撫で、思わず脚を止める。
――チリ

振り返ると、小さな鈴の付いた緑色の布、お守りか、クリスマスツリーに飾る小さな靴下のように見えるものを咥えた蛇が、こちらをじっと見つめている。どうやら私の脚のどこからか、噛み取ったものらしい。暫く見つめ合った後、蛇が音もなく橋の下の茂みへと這ってゆくのをただじっと見送った。

そんな夢を見た。