第八百六十夜
顎に手を当て他姿勢で時折低く唸りながら数分かけて部屋を眺め回した末、
「部屋には特に何の問題も無いね」
と、小母さんは笑いながらこちらを振り向いた。
「はあ、そうですか」
と答える私に彼女は力強く頷き、私の横にいた友人も、
「また引っ越しにならなくてよかったね」
とカラカラ笑う。
ここは春休み中に引っ越した私の一人暮らしの部屋であり、小母さんは同じ専門学校に通う同級生のお婆さんだ。お婆さんと言ってもまだ五十代、小太りながらいかにも血色が良く若々しい。引っ越して二週間ほど、夢見が悪く体調が優れないと友人に相談したところ彼女のお婆さんが拝み屋の家系だとかで、無料で見てくれると言って連れてきてくれたのだ。
とは言ってもこちらとしてはその手の話はあまり信じていない。
「じゃあ、単純に枕が合わないとかそういうことなんですかね」
と尋ねみると小母さんは、
「いや、その肩のモノだけ払っとかないけん」と首を振って私の左肩に指を向ける。
「調味料を見せとくれ」
と小さな台所の棚を覗く彼女にちょっと驚く。友達には体調が悪いとしか伝えていなかった。ひょっとすると、左肩の凝りに困っているのが見てわかるほど動作に出ているのだろうか。
――それとも……。
「はい、そこに座って」
と小母さんに促されて椅子に座ると彼女は黒い蓋の小瓶を左手に二、三振りし、何やらブツブツと小声で呟きながらそれを私の左肩に振りかける。
「はい、終わり」
と言われて振り返ると、その時点ではっきりと肩が軽くなっているのがわかる。
礼を言うとお粗末様と微笑む彼女から
「片付けておいて」
と手渡された瓶には、塩コショウと書かれていた。
そんな夢を見た。
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