第八百六十三夜
始業式の後のホームルームが終わり荷物を片付けていると、一人の女子生徒の様子が気になった。学年が変わってクラス替えの後も同じクラスになった友人のうちの一人だ。
一年のときは席が近かった気安さで、
「元気なさそうだけど、どうかしたの?」
と尋ねてみると、彼女はちょっと困ったような顔で俯き、身長の都合上、上目遣いにこちらを見て、
「何と言うか、他人に言えない悩み?」
と語尾を上げて答える。
普段おっとりとしながら朗らかな様子で、余り物事を後ろ向きに捉えたりうじうじと拘るタイプではないから、こんな風に見えて随分と悩んでいるのだと察する。
「ああ、ごめん。男には言えない類の話だったかな」
と余計なお世話を詫びると、そういうわけではないと言う。性別を問わず他人には言い難いと聞き、却って好奇心が唆られる。
せめて言えない理由くらいは知りたいとねだると、彼女はうーんと一頻り唸り声を上げながら首を捻り、
「他人に話すと呪われちゃうかもしれないから……」
と呟き、これで答えになっているかと尋ね返す。
まるでわからぬと返すと、
「家の猫がね、化け猫になっちゃったのかもしれないの」
と彼女は泣きそうな顔をする。
昨日の夜の夕食後、彼女が居間で勉強をしている横で、モータ・スポーツを好む彼女の弟がオートバイのレース映像を見ていた時のこと。彼女の飼い猫がテレビ台に乗って画面を流れるバイクを眺める。その愛らしい横顔をしげしげと見つめていると、突如猫の左手が画面の中のバイクを叩き、叩かれたバイクが横転してコースを滑る。
「いや、それは流石にただの偶然でしょう」
と笑う私に、しかし彼女は
「だって今年で十歳だもん」
と頬を膨らませた。
そんな夢を見た。
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