第八百六十五夜

 

 時期に夕方の五時になる退勤時間。何時の間にかこの時間になってもまだまだ明るくなったものだと、緑色の増えた河原を見下ろしながら家路を急ぐ。
 川に掛かる橋の手前、そこでちょうど橋とは反対に折れた先が自宅なのだが、橋の袂に五、六人の子供たちが集まって何やら言い争っているのが見える。背丈からすると、小学三年生くらいだろうか。
 職業柄、子供と言わず老人と言わず見知らぬ人へ声を掛けることに抵抗のないもので、つい何をしているのかと声を張り上げながら
土手の階段を下る。唐突に声をかけられた少年少女達から少々不審がられつつも、子供というのはおばちゃんには警戒心を持続させにくいもので、直ぐに皆口々に断片的な事情を説明してくれる。
 彼らの説明を総合するに、数日前からこの橋の叢に、野鳥が巣を作って雛を育てていたのだが、今日の放課後にやってきたら雛の姿が見えないそうだ。皆の指差す先には確かに草や枯れ枝で丸く整えられた巣らしきものがあるが、雛の姿はどこにも見えない。
「蛇か野良猫にでも食べられてしまったのかも」
と言うと子供達から義憤の声が上がる。雛の毛や血の痕跡がないことは、彼等にとってせめてもの救いだったかもしれない。
「でも、蛇も猫も一生懸命生きているんだから」
と諭すと彼等は半ば俯きながらそれぞれにその場を離れ、階段を土手へと上がって行く。
 ただ、一人の少年だけがじっと足元の巣を見つめたまま離れようとしない。
「陽が長くなったといっても、そろそろ五時だよ」
と帰るよう促すと、
「多分、違うんだ」
と呟く。腕時計を見て十七時まであと五分ナノを確認した私にというよりは、溜息を吐くように漏れ出したような声で、
「昨日、塾をサボって皆と居るの、見られちゃったから」
と、少年は小さな声で呟く。
 事情が飲み込めず、ただそのまま立ち去る気にもなれずに暫く帰宅を促していると、何時の間にか階段から降りてきたらしい若い母親が、塾へ行っている時間じゃないのかヒステリックな声を上げながら歩み寄ってきた。
 そんな夢を見た。

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