第五十二夜

きれいに短く切りそろえられた白髪頭を掻きながら老爺は淋しげに笑う。
「もう随分と長いこと、蝉の研究をしてきたけれどね、本当に、心の底から悔しいことが一つあるんだ」
「ほう」
と一つ返事をして、夕暮れの公園で友に別れを告げる少年のような彼の目を窺う私に、
「人の寿命の、なんと短いことか……」
と、老学者は長い嘆息を漏らす。

蝉は、地面に潜っている時間は長くても、成虫になれば一週間から十日ほどで命を終える。そんな蝉の研究に人生を捧げたからこそ、命の儚さを人一倍思い煩うのだろう。

そんな直感を素直に口にした私に、彼は微笑む。
「素数蝉というのがいるんだ」
曰く、七年、十一年、十三年、素数年を土の中で過ごして成虫になる蝉のことで、その成虫になる年だけ大発生し、後の年は地中に居て、成虫を見ることは出来ないのだという。
「これは、私の直感だがね、きっと間違っていないと思う。学者の勘、というと却ってあてにならないか。ともかく、まだ人類に知られていない長周期の素数蝉が、きっとどこかにいるんだ。百一年、二百十一年、三百七年、そんな周期でしか地上に現れない、その間じっと地中で生き続ける蝉が。他の蝉と混ざって、それと気付かれず、記録されない蝉が」
老いて尚、学者の知的好奇心はかくも鋭いものか。
「私の寿命の、十倍も百倍も長ければ、そいつらを見つけ出してやれるのに……」

私は尻の青さを恥じて顔が赤くなるのを感じた。

そんな夢を見た。