第十八夜 地下鉄を降りて早足で改札を抜ける。買い物に来ただけで急いでいるのでもないのだが、早歩きが癖になっているのだ。 階段を登ろうとすると、別方向から来た若い女性の後になった。三段ほど間を空けて続くと、女性の尻が目の高 […]
第十七夜 ふと気がつくと、水が極めて冷たい。眼下の孔から覗く外の景色は夜にしては明るく、月夜なのだろうことが推測される。 私は横倒しの植木鉢の上部に溜まった比較的温かい水域から鈍い体をくねらせて孔を抜け、水面近くへ泳ぎ出 […]
第十六夜 右手にリード、左手に糞尿処理用のあれやこれやを持って、青黒い夜道を散歩している。 体高は膝ほど、組み付いて背伸びをしても精々腰まで。等間隔に並んだ街頭に枯れ草色の毛が照らされる彼のリードを引きながら、彼のこの小 […]
第十三夜 みぞれの降る街を、傘を差して歩いている。十字路の横断歩道を渡り数メートル進むと道は大きく左へ折れており、曲がった先には小さな橋が架かっていた。 橋に近付くと少しづつ左右の視界が広がり、橋の五メートルほど下を水が […]
第十夜 星明りの冴える星空の下を歩いていると、歩道の脇に街頭に照らされて、「頭」が落ちていた。 いや、正確にいえば、落ちていたのは毛糸の手袋で、青い地の手の甲の部分に白い毛糸でHEADと文字が描かれているのが、五歩ほど先 […]
第六夜 大根の剣に大葉を敷いた上へ赤紫色の鰹の刺身を盛り付けた皿が、看板娘の白い、しかし水仕事でやや荒れた手で目の前に差し出された。礼を言いながら、一人座るカウンタ席の気安さでお絞りを脇へ退け、そこへ置かせる。ごゆっくり […]
第四夜 電話が鳴った。瞼越しにも部屋の未だ暗いのが見える。目を閉じたまま枕元へ手を伸ばして携帯電話を手に取り、耳元へ運んで「はい」と呼びかけると、未だ起きていたかと若い男の声が挨拶も無しに返ってくる。随分とぞんざいな口の […]
第三夜 まだ肌寒い初春の午後である。陽溜まりに腰を下ろし、右膝を抱えるようにして足の爪を切っていると、窓越しに 「ちょっと、あんた」 と声がした。威勢のよい八百屋か魚屋の女主人を連想させるその声の有無を云わせぬ強制力に膝 […]
第一夜 万年筆の青黒いインキで細やかに線描された紳士の顔。それだけが意識にあった。 その顔の口髭の下の唇が、発声練習のお手本のように几帳面にこう動いた。 「こんな夢を見た」。 それを聞いて、これは夢だと気付いた。夢だと気 […]
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