第四夜
電話が鳴った。瞼越しにも部屋の未だ暗いのが見える。目を閉じたまま枕元へ手を伸ばして携帯電話を手に取り、耳元へ運んで「はい」と呼びかけると、未だ起きていたかと若い男の声が挨拶も無しに返ってくる。随分とぞんざいな口の利き方に、半分眠ったままの頭で胸が苦くなるのを覚えながら「この電話で起こされた」と伝える。と同時にこれが間違い電話だと悟る。こんな深夜に不躾な連絡をしてくるような知己は皆、歳相応の草臥れた声をしているからだ。
もう眠れていたのか。意外と度胸があるものだ。己はてんで寝付かれない。自分で自分の肝っ玉の小ささに驚いた。
電話の主はこちらの返事も聞かぬまま耳障りな言葉遣いでべらべらとよく喋ったが、私は目を閉じたまま拡声部から耳を離し、わざわざ間違い電話と伝えてやることも無かろう、このまま電話を繋いだまま眠ってやろうかとぼんやり考えるともなく考え、ほとんど意識も無いまま横たわっていると、
「賭けないか」
そんな言葉が聞こえて、思わず何の話かと尋ねてしまった。
「明日のテロだよ。死人が百人を超えるかどうか、なんてどうだ」
あまりのことに跳ね起きて、何を馬鹿なことを、早く寝てしまえとだけ返事をしてすぐさま電話を切った。画面に目をやれば通話の相手は見知らぬ番号だったが、それを見て初めて、自分がいつの間にか目を開けているのに気が付いた。
テロリズムの計画者が実行前夜に緊張して共犯者に掛けた電話というのが、私の第一感だった。
部屋の空気に晒された首から腰が冷えるとともに、頭の中に止めどなく言葉が溢れる。通報はどこへすればよいのか、会話を録音していたわけでもないのに信用してもらえるのか、簡単に電話を切るのではなく、もっと情報を引き出すべきだったか、また相手から電話が掛かって来はしまいか、間違い電話であったことに気が付いて私の口封じをしに来たりはしまいか、そもそもこれは誰かの悪戯に過ぎないのではないか。
暫くして百十番を押した私は、ドン=キホーテの気分とはこういうものだったかと連想した。何かの間違いならばそれで好い、余りに小さな情報で何の役にも立たなくても構わない、寝呆けて通報をした馬鹿者と罵られる方が、万一事が起きてから何か出来たはずのところを何もしなかったと後悔するよりよほど好いではないか。
そんな夢を見た。
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