第二十四夜

眼鏡が無い。

チタン製で軽く頑丈であるということの他に何の取り柄もないようなつまらぬデザインの安物のフレームに、折角軽いのだからと重いガラスのレンズを避けプラスチック製のレンズで度を出そうとして却って高く付いたが、その軽さには値段に見合ったものがあった。

その眼鏡が無い。

ふと暇になって本棚で埃を被っていた懐かしい本に手を伸ばし、ソファの前の卓に起き、腰を下ろそうとして折角だから暇な時間を贅沢に過ごすため珈琲でも淹れようかと思い立ち、薬缶を火に掛けたところで気が付いた。

いつの間にか眼鏡が無い。

台所を見回してももちろん無い。ソファの座面にも卓の上にも、身を屈めてその下を覗き込んでも無い。本棚の本と棚の隙間や、本を抜いて出来た本と本の隙間にも無い。手を洗いに行ってどうかしたかと思い、便所も洗面台も隅々まで覗き込む。

それでもやっぱり眼鏡がない。

いよいよ困って、いつまで眼鏡を掛けていたか、外したとしたらいつどこでか、よくよく思い出してみようと腕を組むと、右手の親指と人指し指の間に、固く冷たい感触がする。

眼鏡が有った。

何の事はない、何かの拍子に眼鏡を外し、そこへ置き忘れることの無いようにと、シャツの左胸のポケットへ仕舞い込んでいたのだ。無くさぬように、何処へ仕舞ったかを忘れぬよう普段しないような工夫をこらして、却って何処に仕舞い込んだのかと途方に暮れるのはよくあることだ。

眼鏡が有った。

探し回っているうちに随分時間が立っていたのだろう、ピィと鳴いて薬缶が湯の沸いたのを知らせるので珈琲を淹れ、カップに注いでソファへ座り口を付ける。熱い。珈琲は香りが立つよう出来る限り熱い湯で淹れるに限る。カップを置き、胸ポケットから眼鏡を取り出し折り畳まれた蔓を伸ばし、耳に掛けようとするとカチリと音がなる。蔓を摘まむ右手の親指と人指し指に、眼鏡に何か硬いものの当たった感触が有って、空いている左手で耳の上を探る。

眼鏡が有った。

左手に触れた硬く冷たい感触の物体を摘まむと、それは額にずらし上げてあった眼鏡であった。何かの拍子に眼鏡をはね上げておき、そのまま忘れてしまうのはよくあることだ。

眼鏡が有った。

そんな夢を見た。