第四十八夜
「そろそろお前たちも大きくなった」
「ええ、もう翼の大きさは一人前ね」
燕の夫婦が三羽の雛たちにピイピイと宣言する。
「今日からは羽ばたきの練習を始めよう。なに、我々燕は風を切って飛ぶんだ。鴉が大きな体を、無理に羽ばたいて身体を持ち上げるのとは訳が違う。向かい風に翼の骨を持っていかれないように、支えるだけの力がつけばいいんだ」
「でもね、それが出来ないと地面に落ちてしまって、そうするともう巣へは上がれないでしょう。だから実際に滑空してその筋肉を鍛えるわけにはいかないの。だから巣の中で羽ばたいて鍛えるのよ」
夫婦の要求に、雛の一羽が、
「僕はもう羽ばたけるよ。餌欲しさに大きな声で鳴こうとすると、勝手に翼がピクピク動くんだもの、ほら」
と自信満々にチイチイと答え、痙攣のように小刻みな羽ばたきをして見せる。
夫婦は満足そうに頷いて、それを数日続ければ、きっと風に負けない強い翼が出来上がるだろうと太鼓判を押し、油断なく練習を続けるようにと励ます。
それを見ていた別の一羽が、
「うーん、こう?こうでいいの?」
と大層ぎこちなく翼をゆっくり前後させるので、夫婦はもっと素早くと言いながら、流石に手慣れた優雅さで、翼の先端を震わせて見せる。それを見て、件の雛も幾分素早く羽ばたいて見せ、そうそうその調子、慣れればすぐに上手くなるぞ言われて得意げにチイと鳴き返す。
その遣り取りを聞いていた三羽目は、
「羽ばたくって何?」
と、小さな首を傾げてみせる。
「見ていただろう?こうするのさ」
と実演して見せる夫婦に、しかし雛は、
「わかんない」
と短く鳴き、隣家の赤い百合に目をやる。夫婦は優しく笑って、誰でも初めはそんなもの、やったことがないんだもの、上手くできなくたって当たり前さと優しく諭し、
「下手だって、不格好だっていいんだ。とにかくこうじゃないかと思うことをやってごらん。翼につられて脚が動いたって、尻尾が動いたっていいんだ。まず、何ができて何ができないかを確認しなきゃ」
と、自ら羽ばたきながら雛に促す。それでも雛はじっと百合の大きな花を眺めて、翼どころか脚も尻尾も、嘴さえ動かそうとしない。夫婦がやってごらんと再び促すと、
「だってわかんないんだもん」
と頬をふくらませる。夫婦は、動かせるところはどこでもいい、体の上から順に動かしてごらん、翼が動いたら教えてやるからと励ますが、雛は頑なに動かない。
「何を拗ねているのか知らないが、今できないのは当たり前なんだ、何も恥ずかしいことなんてない。他の二羽だってまだまだ下手さ」
「でもね、もうすぐ皆で南の島に飛んで渡らなきゃならないのよ。そのときまでに飛べるようにならなけりゃ、寒くてご飯の虫もいない冬がやってきて、お前は死んでしまうんだよ」
飽くまで優しく諭す夫婦から、雛はついに目を逸らし、燕のくせに狸寝入りを始めてしまったものだから、夫婦も残りの二羽のための餌を集めに風の中へ飛び出して行ってしまった。
そんな夢を見た。
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