第百五夜

 

仕事柄、正月は掻き入れ時で休みとは縁が無い。その分、他の時期に纏まった休みを貰えるが、親とも郷里の友人とも都合が合う訳でなし、もう何年も実家へ戻っていない。

年が変わるといっても、正月セールのために普段より朝が早くなるだけ。ここ数年はそんな、特に感慨もない大晦日を過ごしている。

明日に備えて早めに床に就き、うつらうつらし始めたとき、コトコトという音が部屋に響く。柳田國男だったろうか、何かの本で「行く年」の歳神が挨拶に家の戸をコトコト、ホトホトと叩いて回るというような話を読んだ覚えがある。コンクリート製の壁にアルミサッシの家では、風が吹いてもそんな音は立ちそうにない。

そんな話を思い出しながら目を開けると、洗い場に赤銅色の肌をした筋骨隆々たる青年が二人、黒いブーメラン・パンツを穿いただけの姿で筋肉を誇示するようなポーズを取り、底抜けに明るい笑みで白い歯を剥き出しながら立っている。一人は黒い直毛、もうひとりは金の縮れ毛を、揃ってポマードで固めオールバックにしている。

目の会った金髪は、
「今年一年ご愛飲頂いたお礼に、年越し珈琲を淹れております」
と白い歯を見せて笑いながら、筋肉を強調するポーズを取る。二人はどうやら珈琲の妖精らのようなものらしい。
「いや、寝なきゃならないから、いらないよ」
これを聞くと二人は揃って、まるでいたずらを叱られた柴犬のように眉を八の字に曲げるので、
「まあ、明日の朝が早いから、その時は眠気覚ましに頂くよ」
と慰める。それを聞いた二人は満足気に頷き、
「来年もどうぞご贔屓に」
とポーズを取り、そのまま霧のように霞んで消えていった。

そんな夢を見た。