第六百五十七夜   事務所を出て春雨のしとしとと降る中を小走りに駆け、倉庫の錠前を外して中に入ると、バケツから固く絞ったモップを手にとって掃除を始める。 うちは小道具貸しの小さな会社で、都からほど近い田舎に倉庫 […]
第六百五十六夜   仕事帰り、最寄り駅と半ば一体化した商業施設に入った本屋で一冊の単行本を買った。単行本といっても漫画である。自分でもいい歳をしていつまで集めるものかとも思うが、集め始めた小学生の頃から連載が終 […]
第六百五十五夜   アパートの玄関前で花粉を払って扉の内に入り、洗濯物をビニル袋にまとめて風呂に入ると、髪や肌に付いた花粉の影響なのだろう、あちらこちらが痒くなり、くしゃみが止まらなくなる。鼻うがいも含めて念入 […]
第六百五十三夜   深夜十二時を少し回り、もうじき最終間際の電車の客で店が忙しくなるかという頃、入り口の自動扉が開いて入店を知らせるメロディが鳴った。マニュアル通りの挨拶をして振り返ると、制服姿の警官とスーツ姿 […]
第六百五十二夜   山桜の名所にほど近い温泉宿を独り訪れた。仲居の勧めるままに頼んだ地酒で気分の良くなったところで部屋を出て時限の迫った大浴場に入ると、日中桜見物に歩き回った疲れが身体の中でどろどろに溶けたよう […]
第六百五十一夜   しとしとと春雨の降る晩、久し振りに戻ってきた肌寒さを肴に熱燗の準備をしていると、インターフォンの古臭い電子音が鳴った。水場の磨りガラスから戸の前に立つシルエットを観るに、ここの一階に住む大家 […]
第六百五十夜   小学校から帰宅した息子が開口一番、パトカーを見た、制服姿の鑑識官もいたと興奮した声を上げた。肩越しに振り返ってうがい手洗いをするように指示し、お八つを用意しながら話を聞く。 彼がパトカーを見た […]
第六百四十九夜   タクシーが旅館に着いたのは、ちょうど夕陽の赤々と眩しい頃合いだった。玄関から出迎えてくれた男性がトランクから荷物を下ろそうとする私を制してその仕事に当たり、玄関前で待機していた若女将に案内さ […]
第六百四十八夜   玄関の鍵を開けた後、念入りにコートを叩き、そっと脱いで畳んでから扉を開けた。極力、花粉を部屋に入れないための工夫である。 荷物の類いも玄関にまとめて置くスペースを作ってあり、後ろ手に鍵を掛け […]
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