第六百五十七夜

 

事務所を出て春雨のしとしとと降る中を小走りに駆け、倉庫の錠前を外して中に入ると、バケツから固く絞ったモップを手にとって掃除を始める。

うちは小道具貸しの小さな会社で、都からほど近い田舎に倉庫を並べ、十数万店の小道具を管理している。時代ごとに形の変わる郵便ポストや公衆電話、撮影用に加工された家具類、その他細々したなど、無いのは衣装くらいのものだろう。

小さなコンテナ型の倉庫が数十あり、二ヶ月に一度ほどのペースで掃除をすることになっている。今日は人形の並べられたコンテナの番で、掃除といっても換気をしながら床を水拭きした後に棚の埃を取るだけだ。

人形は日本人形やフランス人形はもちろん、様々な国のものが集められ、棚の上部には小さく軽いもの、重く大きいものほど下に整頓されている。

ざっと床を拭き終わり、モップを埃取りに持ち替えて棚の人形達の埃を拭う。昔は毛ばたきというのか、鳥の羽根で作られた高級品を使っていたと聞くが、今は化学繊維の安物がよく静電気を発生させてかえって埃取りによいらしく、私がこの仕事についてからはその安物しか使ったことがない。高級な毛ばたきは寧ろ小道具として棚に並べられる側という認識だ。

暫くはたきを掛けていて、どうも人形の向きが気になってくる。貸し出し品は形状が特殊でない限り、棚と棚の隙間の通路を正面に向くよう置かれる。それが今日は微妙に左右を向いているものが多い。最近貸し出し品を見に来た客が弄りでもしただろうかと首を捻り、暫く前にちょっとした地震があったことを思い出す。きっとそのときの揺れで、棚との摩擦が小さい人形やらが動いたのだろう。

自分なりの推理に満足して掃除を再開すると、ふと奥の方から視線を感じる。これだけずらりと人形が並んでいるのだから、ここにいて視線を感じるのは然程珍しいことではない。視線のする方へ目を向けると、やはり人形の顔が一つ、まっすぐこちらを見詰めている。

ただその様子が異様で、片脚を挙げ、両掌を上に向けて踊る南米風の人形の掌の上に、隣に置かれた同様の人形の首がもげて載り、こちらをみつめているのだ。

硬い木彫りの人形で、地震があったといって首がもげるような作りでもなし、誰かがわざわざこんなことをしたのだろうか。

慌ててその前へ駆け付け、棚の整理番号をメモし、破損の状況を確認する。と、どうにも視線が気になって周りを見れば、周囲の人形たちの殆どがこちらを向いているのだった。

そんな夢を見た。