第四十夜 用水路でカワニナを集めていると、下流の方から腰の曲がった白髪の老爺がやってきて、互いに挨拶を交わす。少し先の荒れた畑の前の畦道に、老爺は担いだ麻袋をどさりと下ろし、続いて腰を下ろした。 畑はまだ起こされていない […]
第四十六夜 西の空に半月の沈みかける頃になって漸く一仕事を終え、社用車を駐めたコイン・パーキングまで住宅街の路地を歩いている。昼間まではじめじめと蒸し暑かったが、日が暮れたからか、北風でも吹いたのか、いつの間にやら空気は […]
第三十夜 窓を叩く雨音に気が付くと、キィ・ボードに手を乗せたまま舟を漕いでいた。無理な格好で頭の重量を支えたために、首の後ろの筋肉が凝って頭痛がする。心拍に合わせて目の奥から後頭部へ、重い痛みがうねるように襲う。天気が悪 […]
第三十三夜 目の前を蝿が飛ぶのが見えたので、舌を伸ばして捕らえて口へ運ぶ。シャリシャリとした顎触りが心地好い。動かなくなったのを確かめてから嚥下する。腹の中で暴れられると不愉快なのである。 と、視界の隅に朱く細長いものが […]
第三十二夜 たまには手を抜こう。 そう思いながら机に向かい、日記帳を開いて万年筆を執る。 今日は低気圧のせいか頭が重いし、明日は朝早くから仕事が入っている。気合を入れて書いたところで誰が読む訳でなし、こんな日くらいは手を […]
第三十一夜 物干しから洗濯物を取り込んで、床に並べた洗濯物を畳んでいる。 シャツを畳んで重ね、パンツを丸めて並べ、靴下に取り掛かる。色や模様を見て、一対になっている二本を手に取り、口を揃えて折り曲げて纏める。柄を揃え左右 […]
第三十夜 事務所で机に向かいカタカタとキィ・ボードを打っていると、「こんにちはー」と語尾の間延びした大声とともに長い茶髪の女性が入ってくる。 仕事上の知り合いで、まだ若いのにこれでもかと派手な服装と化粧をしていることも含 […]
第二十八夜 職場の入ったビル一階のエレベータ・ホール。上層階直通のこのエレベータを利用する者は他にいないらしく、私だけが扉の前、正面から身体半分左へずれた位置に立ち、到着を待っている。 ポンと音が鳴ってエレベータの扉が開 […]
第二十七夜 指に巻いた縄を肩に担ぎ、満月の低く昇る山道を登る。酒屋の主人と酒代を負ける負けないを決めるのに指した将棋が長引いて、家路に着くのが遅くなった。勝って上機嫌の奴さんが提灯をと申し出たのを、負けて負からなかった口 […]
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