第四十六夜

西の空に半月の沈みかける頃になって漸く一仕事を終え、社用車を駐めたコイン・パーキングまで住宅街の路地を歩いている。昼間まではじめじめと蒸し暑かったが、日が暮れたからか、北風でも吹いたのか、いつの間にやら空気は冷たく湿っている。

見覚えのある畑の前までやってきた。住宅街といってもやや田舎のこと、ぽつりぽつりと田畑が有あって、時折風に乗って水と草木の匂いがする。

この畑を過ぎれば件の駐車場、早足に畑を左手に歩いていると、
「だんにゃさん、だんにゃさん」
と、妙に舌足らずの、しかしそれに似合わぬだみ声がする。思わず足を止めて辺りを見回すと、
「こちらです、こちらです」
という声とともに、一メートルほど先の道の脇で、何やら円く大きな葉が、風もないのにかさかさかさと大きく揺れる。ほとんど無意識のうちに、
「はあ、何か……」
と間の抜けた返事をしてから、何かうす気味の悪いものを感じて首筋に鳥肌が立つ。
「だんにゃさん、どうかこの南瓜を引き抜いてはくださらにゃいか」
の声とともに、また先程の葉が揺れる。どうやらここは南瓜畑らしい。地を這う蔓に、似たような丸い葉が、辺り一面広がっている。ただ、揺れる葉の蔓に付いた葉は、どうも周囲の葉に比べて二回りも大きいようだ。

そんなことを考えていると、
「どうか、お願い致します。この南瓜を……」
とまた葉が揺れる。仕事で疲れて幻聴でも聞こえ初めたかと思いながら、葉に向かって諭す。
「そうは言うがね、他所様の畑に入るだけでも失礼千万、それを一株引っこ抜けだなんて」

すると南瓜の葉が震えるように小刻みに揺れ、
「それならば大丈夫でございます、だんにゃさんは感謝されこそすれ、咎められることにゃど万に一つもございません。にゃにしろこの南瓜、ゴツゴツした根を遠慮にゃしに私のしゃれこうべへと伸ばすものですから、根に貫かれた目が痛くて痛くて……」
と言う。どうやら南瓜自身でなく、その根本に埋められた何かが、痛みを訴えているということのようだ。しかし、化物に感謝されたところで、恨まれるよりはマシとはいえ、何の特もない。そんなために他人様の畑へ手を入れるなんて真似はと断固断る。

が、声も声で引き下がらず、
「大丈夫でございます。私はこの畑の持ち主の、二十年来の飼い猫でした。それがこの冬ついに寿命が尽きて、にゃにゃ歳の息子さんが独りで看取って、慌ててここへ埋めてくれたのです。でもにゃんとも間が悪い、南瓜の根が私を養分にしたくてでしょうか、こちらへ伸びて……ああ痛い」
と泣き落しにかかる。
「それなら尚更、引き受けられん。ご主人にでも息子さんにでも、枕元に立って直接言ったら好かろうに」

そう返すと、
「それがご主人は代々信心深いようで、年始の氏神様へのお参りを欠かすことがにゃいので近寄ることさえできにゃいのです、どうか……」
となおも食い下がる。ならば、今の話を伝えてやるから主人の家と名前を教えてくれ、話が確かに真実なら主人がお前を掘り起こしてくれるだろうと提案すると、
「それは妙案でございます、では……」
と、道順と家の様子、表札の名前と猫自身の名を告げるので、胸ポケットから手帳を取り出してメモを取る。
「そうそう、主人には道沿いの畑に一株、季節外れの実を付けた南瓜が目印だとお伝え下さい」

私は頷き、言伝は必ず伝える。伝えるが、仮に主人が薄情で掘り起こしてもらえなくても俺を恨むなと言い聞かせて立ち去ろうとすると、
「はい、有難うございます。無事に他所へ弔って戴いた折には、きっとご恩返しを致します」
と声がして、南瓜の円く大きな葉が手を振るようにかさかさかさと、風もないのに大きく揺れた。

そんな夢を見た。