第四十夜

用水路でカワニナを集めていると、下流の方から腰の曲がった白髪の老爺がやってきて、互いに挨拶を交わす。少し先の荒れた畑の前の畦道に、老爺は担いだ麻袋をどさりと下ろし、続いて腰を下ろした。

畑はまだ起こされていない。麻袋には何かの種が入っているのだろうが、種蒔きに相応しい状態ではなかろう。
「おおい、猿公やあ」

老爺は大声で山に呼びかけ、手をパチリ、パチリと二度叩く。と、間もなく顔の朱い猿が林から続々と湧いて出て、老爺の前へしゃがみ込み、その数はざっと五十か六十にもなった。
「実はこの畑に、冬の間眠らせておいたサツマイモがあるんじゃ。が、どこに埋めたか忘れてしもうた。忘れたもんはもう無いもんと諦めてはいるんじゃが、埋まったままでは次の種を蒔くわけにもいかんでな、お前たち、掘り当てたら呉れてやるから探してくれんか」

老爺の言葉を聞いた猿どもは一斉に畑に散らばり、土を手で掘り、ときには足で蹴り飛ばして芋を探し始めた。竿を垂れながら暫く様子を見ていると、数匹の猿が林の中へ、揉み合いながら駆けてゆく。掘り当てた芋の奪い合いでもしているのだろう。

竿にアタリが来て引き上げると、まだ細く小さなドジョウである。注意深く釣り鉤を外してバケツの中の水に放すと、底でハアハアと荒い息を整えてじっとしている。

鉤に次のカワニナを付けて竿を垂らし、振り返ってみると、猿どもが老爺を取り囲んでキィキィと鳴いている。老爺はまた手をパチリと叩き、
「よしよし、芋を見付けられなかったお前たちには残念賞をやろう。この袋の麦をこのザルに盛れるだけ、持っていっていいぞ」
と、やや目の粗い掌大のザルを猿に渡し、ただし、十を数えるまでにザルに麦を盛って林へ出ること、と宣言する。

猿は早速、小さなザルに麦をとる。
「いーち、にーい……」
老爺がゆっくりと七数えるまでかかって、猿は片手でザルの底の穴を押さえ、もう片方の手で麦を掴んで乗せる。
「はーち」
いよいよ数字が少なくなって、猿は慌てて林に向かって駆け出すが、ザルに山盛りの麦は走る猿の揺れに耐えられない。パラパラ、サラサラ、芋探しのために掘り返された畑の土の上へ落ちてゆく。

結局僅かな麦粒しか得られずに腹を立てたか、林の中からザルがびゅんと投げ返される。猿どもは仲間の失敗とその悔しがり方とを、目先の欲に駆られて愚かなことよと手を叩き声を上げて嗤った。

が、次の猿も、その次の猿も同じこと。五まで数えたところで盛るのを止めても、三でやめてそろりそろりと歩いても、結局麦の粒を畑にばら撒いては、悔し紛れにザルを投げて寄越す。それもそのはず、老爺が数を数える速さを調節して、麦の落ちる場所をあちこち調節しているのだから。

結局、私がドジョウを一匹、フナを四匹釣る間に、老爺は畑を耕し、麦の種蒔きまですかっり済ませてしまっていた。

そんな夢を見た。

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