第三十夜

事務所で机に向かいカタカタとキィ・ボードを打っていると、「こんにちはー」と語尾の間延びした大声とともに長い茶髪の女性が入ってくる。

仕事上の知り合いで、まだ若いのにこれでもかと派手な服装と化粧をしていることも含め、視覚的にも聴覚的にも「五月蝿い」という印象が実に勿体無い。以前、服装と化粧と発声方法をもっと素朴にすれば人当たりが良くなるだろうと余計なことを言って、私のために化粧をしているわけではないと叱られた覚えがある。
「ほら、見て下さい」
と大声とともに彼女が差し出したのは、純白のウェディング・ドレスの女性を中心に数名の若者が笑顔で写っている写真だった。新婦に頬を寄せている女性は、どうやら彼女本人らしい。やはり派手ではあるが比較的落ち着いた服装で、そういう常識は持ち合わせているらしいと感心しながら、
「よく撮れているね」
と特に意味のない社交辞令を述べる私に、彼女はそうではないもっとよく見ろと、何故か自信有りげな笑みを湛えながら踏ん反り返る。その言葉に漸くピンときて、私は写真を左上から右下まで、スキャナが画像を読み込むようにじっくりと写真を精査する。

彼女は私に心霊写真めいたものを持って来ては私に例の存在を認めろと迫る習性を持っていて、二ヶ月に一度程度はこうして仕事もないのに私の前に顔を出す。彼女の試みはこれまでのところ一度も成果を挙げておらず、毎度私がカラクリを説明しては彼女が頬を膨らませて帰るのである。
「特に、何も」

ホテルのロビィかどこかと思しき赤い絨毯に暖色系の照明。白い壁を背に左上から、新郎と肩を組む男性、新郎、新婦、新婦に頬を寄せる彼女の四人が並び、その胸元辺りに顔が来るよう膝を曲げて、右二人が女性、その左に男性の三人が並んで、写っているのは計七人。細かなところまで注意深く見たつもりだが、奇妙なところは特に無い、ごくありふれた結婚披露宴か何かのスナップ写真である。

が、私の言葉を聞いた彼女はやれやれと芝居がかった仕方で首を振り、写真の下部を指し、
「ほら、この娘の脚の脇。目玉がこっちを睨んでるでしょ」
と断言する。派手な装飾の施された爪の示す辺りを見ると、新郎の向かって左に立つ男性の革靴のベルトを留める金具と、艶のある黒革とがフラッシュを反射しており、白い楕円の中に黒い円、その円の中に白いハイライトが入っている。まあ、そこだけを切り取れば確かに目のように見えるだろう。

そういうカラクリを丁寧に説明してやるうちに、彼女の頬が膨んでその持ち主が不機嫌であると主張し始めたため、偶然にしては上手く撮れただまし絵みたいな写真ではある、そういう意味では、
「実に価値のある写真だね。ありがとう」
と礼を言って締めくくると、礼ならば言葉ではなく胃の膨らむものをと要求された。

そういうところを直すともっと人当たりが良くなるだろうと言おうとして、余計なことであると思い直す。

そんな夢を見た。

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