第六百九十二夜   「なあ、この髪の毛、心当たりあるか?」。 何年かぶりに父の口からその言葉を聞いたのは、疫病騒ぎ以来久し振りに帰省した翌日だった。 人間の記憶というのは不思議なもので、たった一言で十年近くも前 […]
第六百九十一夜   駅前の大きな公園で花火がしたいという子供達の付き添いからの帰り道、同じ方面の最後の子との別れ際に 「じゃあ、うちはこっちだから、またね」 と言ってコンビニエンス・ストアの角を折れた。 すると […]
第六百九十夜   明日から三日遅れの盆休みとなる仕事帰り、向こう数日分の食料を求めて大型量販店の自転車置き場へ入ると、普段よりずっと空いていた。 ――ああ、やはり世間は盆休みなのだな と納得しながら鍵をかけて入 […]
第六百八十九夜   珈琲が落ちてゆくのを眺めながら頭の中で幾度目かの反省を終えるが、やはり原因には思い至らなかった。もはや怪奇現象とでも思って諦めるしかないのだろうか。 苦い珈琲を舐めながら暫く呆けていると、店 […]
第六百八十八夜   この酷暑の中を歩き回ったお陰で半ば熱中症になったのだろうか、頭に冷水を浴びると頬を伝う水が僅かな間にぬるむほど熱を持っていた。そのまましばらく頭にシャワを浴び続け、漸くすっきりして浴衣を羽織 […]
第六百八十七夜   会社の都合で少々早めに取らされた盆休みの昼下がり、大荷物を抱えて電車を降りて昔懐かしい道を辿った。マンションのエレベータ・ホールへ着く頃にはすっかり汗まみれだ。呼び出しボタンを押して鞄からタ […]
第六百八十六夜   大学時代の友人の結婚式にて、控室で久し振りに会った友人達とお喋りをしていると、そのうちの一人の様子が気になった。お琴やお茶を習っているという彼女は大学生の頃から和装が好きで、機会があれば品良 […]
第六百八十五夜   始業前、同僚達と上司の心配をしながら仕事の準備をしていると、噂をすれば影、珍しく汗まみれの上司が肩で息をしながらやってきた。普段ならもう三十分は早くやってきて、涼しい顔で部下を迎えるのが通例 […]
第六百八十四夜   焚き火で沸かした湯で珈琲を淹れながら同じ湯で濡らしたタオルで顔を拭いていると、薪を拾いに行っていた友人二人が戻ってきた。両腕には虎ロープで束ねた茶色く枯れた笹や杉の小枝を抱えている。炭に火を […]
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