第七百五夜

 
撮れない写真
バイトの休憩時間になり、トイレへ立ち寄ってからバックヤードに戻ると、オーナー夫妻がパソコンの前でモニタを眺めながらしきりに首を捻っていた。
こちらに気付いた奥さんから賄い代わりのお八つを受け取ってお礼を言い、
「何を見ていたんですか?」
と尋ねると、
「バレエ教室に通っている孫から写真が届いてね、それが不思議で」
と、私にもその写真を見てみろとモニタを指す。奥さんの家は古くからの酒屋でここらの大地主の家系だそうで、持ちビルの一階でボケ防止にコンビニエンス・ストアを経営しているのだそうだ。孫にバレエを習わせるというのも、庶民の私からするとハイソな香りを感じてしまう。
ともあれ頂いたプロテイン・バーを齧りながら歩み寄ると旦那さんもこちらを振り返り、
「ほら、これ。発表会が終わって、引退する先輩方との記念写真だって言うんだけど」
と、幾つも送られてきた写真の中の一枚を大写しにしているらしい画面を見せてくれる。
なるほど、髪をひっつめに結ってお団子にしたレオタード姿がずらりと笑顔を並べている。中央には教室の先生らしき人物と、幼い子供達が座り、背の高い子達がその周りに屈み、外側に中間くらいの子達が立って並んでいる。特に不思議なことは無いように思うと言うと、
「ほら、よく見てよ、鏡の前に立っているでしょ?」
と奥さんが、中央の座った先生の周囲に屈んだ女の子たちの頭上を指す。バレエ教室というと壁一面に鏡が貼られ、底に取り付けられた手摺を掴んだり足を載せてストレッチをしているような印象があるが、確かに並んだ少女たちのすぐ背後がその鏡面だ。
「普通さ、鏡に向かってこんな写真を撮ったら、鏡に照明器具とか、撮影者が映り込んじゃったりしない?」
と、奥さんが言う。
言われてみると、屈んだ女の子達がカメラを上目遣いに見る視線からすれば、その背後の鏡にカメラを構えて立っている撮影者が写っていてもおかしくない。
しかし、
「これって、発表会の前後の写真なんですよね?だったら、プロのカメラマンさんに頼んだ写真なんでしょうし……」
と言って、ロッカーの荷物からスマート・フォンを取り出す。不思議そうにこちらを眺める二人を尻目に、扉の影からレジを打つ同僚の写真を撮って二人に見せ、
「これが……こう……」
と、写真加工機能を使って、その写真から同僚の姿を消して見せる。
「これだとちょっと写真が歪んじゃってますけど、プロならもっとキレイに修正したり、加工したりできると思いますよ」
と言うと夫妻は、凄い時代になったものだとお互いの顔を見合わせた。
そんな夢を見た。

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