第二十九夜 寝付かれずに布団の上で身を捩る。何とは無しに目を開けると、何が光源になっているのか、青く暗い部屋の様子が辛うじて見える程度には明るい。 どきりとした。視線の先で、扉が閉まっていたからだ。寝室の扉は寝る前に必ず […]
第二十八夜 職場の入ったビル一階のエレベータ・ホール。上層階直通のこのエレベータを利用する者は他にいないらしく、私だけが扉の前、正面から身体半分左へずれた位置に立ち、到着を待っている。 ポンと音が鳴ってエレベータの扉が開 […]
第二十七夜 指に巻いた縄を肩に担ぎ、満月の低く昇る山道を登る。酒屋の主人と酒代を負ける負けないを決めるのに指した将棋が長引いて、家路に着くのが遅くなった。勝って上機嫌の奴さんが提灯をと申し出たのを、負けて負からなかった口 […]
第二十六夜 「かあいそう」 春めいて柔らかい日差しの下に甲高く舌足らずの声が響いた。何事かと目を向けると、揃って桜色に装った母娘が上を見上げている。その視線の先から、脚立の上で桜の枝を打つ胡麻塩頭の職人が笑いながら諭す。 […]
第二十五夜 給食を食べながら、一体どんな話の運びだったか、放課後に教室へ集まってコックリさんをしようということになった。 できるだけ雰囲気があったほうが好い。冬の陽の傾く四時半頃、一遊びしても最終下校には間に合うだろう時 […]
第二十四夜 眼鏡が無い。 チタン製で軽く頑丈であるということの他に何の取り柄もないようなつまらぬデザインの安物のフレームに、折角軽いのだからと重いガラスのレンズを避けプラスチック製のレンズで度を出そうとして却って高く付い […]
第二十三夜 引っ越しの初日、粗方の荷解きを終えて風呂に入った。目を閉じて洗髪をしていると、不意に瞼の向こうが暗くなった。風呂に入る前に特に電気を喰う機械を動かしっ放しにした覚えも無く、一人暮らしの身で友人を招いているわけ […]
第二十二夜 「お客人、お客人」 と涼しくも艶のある声に呼ばれて辺りを見回す。背後には宿坊の濡れ縁、目の前には冬枯れの枝ぶりからも秋の紅葉の目に浮かぶような楓に囲まれ覆われた池の水面。人の姿はどこにもない。 「お目をもそっ […]
第二十一夜 社屋に着くと、入り口のガラス扉の前に制服警官が二人仁王立ちをしていた。社員証を見せると、中で現場検証をしているので規制線の内への立ち入りは現場の警官へ許可を取るようにと言って脇へ退く。 「何か事件が?」 と左 […]
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