第四十九夜

ピィーヨ、ピィーヨと音がして、はっと目が覚めた。二階の出窓で日向ぼっこをしているうちに、いつものことながら眠っていたらしい。瞳を細めて音のした方を見やると、枯れ草色の鳥が一羽、木に留まって辺りをキョロキョロ見回している。ひよひよと鳴く鳥だからヒヨドリ。ニンゲンというのは単純なものだ。
「ヒヨドリさん、そこで何をしているんだい」
尻尾を出窓から垂らして左右に揺らしながらそう尋ねると、突然声を掛けられて驚いたヒヨドリは翼を幾度か羽ばたきながらこちらを見る。慌てる必要など無いのだ。私が彼を食べるつもりならわざわざ話しかけたりせず、柔らかな肉球と繊細な爪とを駆使して何の物音も立てずに木を登り、背後から自慢の牙で一噛みしてやればいいのだから。

声の主たる私が窓硝子の向こうにいて危害を加えようがないことを悟ったか、ヒヨドリは翔び立つ前に羽ばたくのを止めて返事をする。
「なんだ猫さん、脅かさないで下さいよ。私はね、この木の枇杷がよく実ったものだから、それを食べに来たのです」
とヒヨドリの言う通り、木はごわごわと大きな葉を集め、大きく実った薄橙色の実を誇らしげに陽に掲げている。
「ほう、そうかい。その木の実は、儂もご主人も食べたりはしないから、好きなだけお上がりなさい」

それにしても、妙である。ご主人があの木を手入れしているところなど見たことが無いし、肥料をやっているでもない。その割には随分と立派な実を付けているようだ。必死に枇杷をつつくヒヨドリにそう声を掛けると、
「ああ、それは。私が糞をして肥やしをやっているんですよ」
と胸を張る。上を向いて枇杷の実を喉に流し込み、
「それにね、モモチョッキリをご存知?」
と、嘴の端をにやりと持ち上げてこちらを見る。
「ももちょっきり?」
初めて聞く、何だかふざけた言葉である。小首を傾げる私にヒヨドリが胸を張ってピィーヨピィーヨと薀蓄を垂れる。
「モモチョッキリってのはですね、こう、鼻の長い虫ですよ。ゾウムシ。ちょっと変わった奴でして、実りかけの果実の果柄、さくらんぼの軸ですね、そこに穴を開けて卵を産む。そうすると、その実はちょっと育ったところで地面に落ちる。卵から孵った幼虫がその実を食べる。食べ終わったら直ぐに地面に潜って蛹になる」
「ほう」
そんな虫がいるのかと、思わず感嘆の声がにゃぁと漏れる。
「で、春先にモモチョッキリを脅すわけです。この実は私の初夏の大切な食料だから、根こそぎ落とすようならお前を喰うぞとね。それで、枝に付く実を二つは残せ。それを守るなら後はお前の子供たちの餌にしていいと言えば、モモチョッキリは有難がって従うわけです。すると、枝の栄養が実に十分回って、甘く大きな実ができるって寸法ですわ」

なるほど、小さな頭でよく考えたものだと感心しつつ、陽の光が暖かくて欠伸が出る。欠伸で髭が乱れて納まりが悪いので、手で撫でて整える。そんな私の様子を、興味の無いように捉えたか、あるいは小馬鹿にされたと思ったか、ヒヨドリは少々興奮した様子で踏ん反り返り、ピィーヨピィーヨとまくしたてる。
「夏は果実が少なくなるでしょう。そこでまたこの木に来るとね、ちょうど蛹から羽化したモモチョッキリに有りつけるって寸法ですよ。この時期のモモチョッキリはもう枇杷には関係ありませんからね、食べ放題。利用されてるだけとも知らずに愚かなものですよ。ああでもね、モモチョッキリには必ず寝坊助がいて、春まで羽化しないのが必ずいるんです。だからまた来年の枇杷の花の過ぎた頃には、同じことができるんですよ。私だって皆殺しにしてしまっては、次の枇杷が美味しく食べられなくって困ってしまうんですから、地面の中まではほじくらんのです」
一息にそういうと、ヒヨドリがさも愉快そうにひよひよと鳴くので、私は陽の眩しいのも忘れて瞳を円くし、口をあんぐりと開けてしまった。

そんな夢を見た。

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