第五十五夜

湯上がりの火照った肌を浴衣の生地が撫で、肌と生地との間に風が通るのが心地よく、ついつい大股で歩いて部屋へ戻ると、仲居がちょうど布団を敷き終えたところだった。

失礼しましたといって頭を下げる彼女にいい湯だったと返すと、礼とともにビールを勧められてついつい、
「それは名案だ」
と答えてしまう。すぐにお持ちしますからと部屋を出る彼女と入れ違いに入室すると、入って板張りの廊下の先の座敷の左、年代物らしい座卓の前の座布団へ胡座を掻いて座り、テレビのリモコンを手にニュース番組を探す。

各地の異常気象を伝えるテレビの音声を聞きながら、ふと長方形の座敷の右奥、床の間の方へ目を向けると、一組の布団がふっくらと敷かれている。

が、妙だ。布団の位置が部屋の中央から奥の縁側へ寄っている。それも、少しどころではない。三組の布団を並べた後、中央と手前の布団を取り去ったような位置に敷かれている。
「お待たせいたしました」
と、後ろの戸の向こうで仲居の声がして、どうぞと返す。失礼しますと入ってきた彼女はちらりとテレビを見てから座卓に瓶ビールと栓抜きを置き、毎日暑いとか集中豪雨が心配だとかの世間話を交わすうち、いつの間にか手に冷えたビールのグラスを握らされている。

それではごゆっくりと爪先を立てた彼女に、あの布団はなぜ部屋の中央に敷かないのかと尋ねると、一瞬目を大きく見開いてから答える。
「いえ、大した意味はございませんけれど、あちらのほうがお庭のよく見えることと、お一人様でいらっしゃるお客様にはあのようにしつらえることになっておりますので」
「なるほど、後で楽しませていただきましょう」

彼女を見送りながら、背筋に嫌な汗が流れる。

実は、この部屋では過去に客が死ぬ事故があった。その人物が中央に敷いた布団で亡くなっていて、それ以来、同じ位置に布団を敷いて眠る客から、「重い、そこを退け」と妙なうめき声が聞こえるとか、夢見が悪いと苦情が来るようになった……。

子供の頃に何かで見聞きしたような、そんな愚にもつかない想像が脳裏に過る。
――下らない。

下らないとはわかっているが、このままでは折角のビールも美味くない。それに、問い掛けたときの仲居のあの驚きよう、きっと何か後ろめたいものを隠しているのに違いない。グラスを卓へ置き、背筋の怖気立つのを無理に力を込めて立ち上がって床の間の前に腕を組んで仁王立ちになる。

と、すぐに異変に気が付く。中央の畳の縁だけが、周囲の畳と離れている。縁に指を掛けて引けば、容易に畳を剥がせるだろう。そう気付くともう考えるより先に体が動く。御札でも人骨でもなんでもござれ。何か気味の悪いものが見つかったのならそのときは仲居でも女将でも呼んで、部屋を変えさせてやれば良い。

中央の畳の右手に回り、両手の親指を除いた八本の指を畳と畳の隙間に押し込んで、ちゃぶ台返しの要領で畳を引き起こす。と、その下からは深さ四十センチほどの板張りの空間がぽっかりと現れ、私はすべてを悟った。
――掘炬燵だ。

そんな夢を見た。