第五百二十八夜

 

陽光が目に刺さって目を覚ますと、全身に軽い痺れのような感覚が有った。筋肉痛の先触れのような、こむら返りのおさまった後の疲労感がまだ筋肉に残っているような感覚だ。

はて、昨夜はそんな風になるまで筋肉を酷使するようなことをしただろうかと思い返すと一瞬背筋に冷たいものが走る。そうだ、金縛りにあったのだ。

身を起こして流し台で顔を洗い、瞬間湯沸かし器に水を汲んでスイッチを入れる。冷蔵庫のハムと卵とを小さなフライパンに乗せて火に掛け、棚のシリアルを皿に出し、牛乳を掛ける。湯が沸いてインスタント珈琲をマグに作ると、ちょうどフライパンの上の黄身が程よい半熟具合になる。

そうして用意した朝食を卓袱台に運び、タブレットで朝のニュースを眺めながら口に運ぶ。やはり、腕や脚の筋肉を中心に怠さが残る。全く迷惑なものだ。

高校生の頃からだろうか、時折金縛りに遭うようになった。酷く疲れているときだとか、深酒をした晩だとかの条件で金縛りに遭うという人もいるようだが、私の場合には特にこれといった共通点は思い付かない。ただ金縛りの際に見る幻覚だけは一定で、定まって唇だけは真っ赤な女の白い顔が、長い髪を垂らして私の顔の真上に浮かび、正に目と鼻の先で睨みつける。おそらく子供の時分に見たホラー映画か何かの影響だろう。いわゆる霊的なものを信じてはいないが生理的嫌悪感とでもいうのだろうか、本能的に気味が悪いと感じるらしく、毎度蛇に睨まれた蛙のように脂汗が流れる。手足の指先を動かそうとすれば少しずつ金縛りが解けるという話を聞くが、私の場合はどう力を込めても指一本動かぬまま何時の間にか寝入ってしまうのが常だ。

そんな事を考えながら食事を終え、食器を片付けて着替える。玄関へ向かうと、揃えて脱ぎ置かれた靴の爪先のそばに、何やら赤銅色の小さな塊が落ちているのが目に入る。

コガネムシの類なら随分と季節外れなものだと身を屈めて拾い上げると、長さは四センチメートルほど、猛禽の嘴を象った銅の塊だ。

こんなものが何処から転がり込んだのかと扉や下駄箱を見回すと、高さ十センチほどのガーゴイル像が嘴を欠いた情けない顔でこちらを見ている。以前に酒の席で夢見の悪い事があると話した後、同僚にヨーロッパ旅行の土産として貰ったものだ。

そういえば、彼をこうして飾って以来、金縛りに遭ったのは昨晩が初めてだったかもしれない。今日の仕事帰りにでも金属用の接着剤を買って修理をしてやろう。嘴を気味の悪い像の傍らに置き、その頭を指でひとなでして家を出た。

そんな夢を見た。