第五百二十九夜

 

「ああ、そうそう、これ持って行って。で、店の裏口を出たところで使ってから帰ってな。ゴミはそこらに捨てたら駄目よ」
と渡されたのは、名刺の四分の一ほどの大きさの長方形の袋だった。よく見れば紙の内側にアルミニウムを蒸着させたビニルを貼った作りの小袋で、要するに葬式の帰りに渡される清めの塩だ。

葬式以外でそれを見るのは初めてで、
「え、何かココ、ヤバいのでも居付いてるんですか?」
と思ったことがそのまま口を突いて出る。

ここにはネットの求人を見て面接でやってきて、面接らしい遣り取りもほとんどないまま、
「じゃあ、明日からよろしく」
ということになった。肩透かしを食って思わずそんなに簡単でいいのかと尋ねると、自称店長の彼は、
「こういう仕事だから、人を見る目だけは鍛えられてるつもりだし、それで失敗したら自分の責任だからね」
と苦笑いをした。いかがわしいことは一切無いけれど、遊び方を間違えて身を持ち崩す者もいる、そういう業種の店である。だから、
人の出入りの激しいのにも慣れているとも言った。

そういうものですかと頷いて、ではお世話になります、こちらこそと挨拶を交わした直後の清め塩だから、気味の悪さが際立ったのかもしれない。
「これって、葬式のときのアレですよね、お清めの塩……」
と改めて確認する私に、
「ああ、この辺りの店だと、まあ『出る』って話のある店も多いんだけどね、でもアレって、そういう話で人に注目されたいというか構って欲しいって子が大概でさ、うちでは本物めいた話は聞かないから大丈夫。これは別に特別なものじゃなくて、単なる気休めというか、おまじないというか」
と、彼は人好きのする笑顔で答える。
「何だかんだでやっぱり、人の嫌なところを見る商売だから、気を病む人も結構居てさ」
そういう人には、店を出たら塩を振るだけの簡単なおまじないが、割と馬鹿にできぬ程度に効くものなのだそうだ。店の中の自分と日常生活を過ごす自分との間にこの簡単な儀式が明確な区切りを付けてくれる。塩を振ったら禊が済んで、プライベートの新しい自分だ。そういう精神的な切り替えの役に立つんだろうと、彼は意外に真面目な顔をして説明する。
「裏方ならそうでもないんだけど、どうせ経費でどっさり用意してるんだし、うちでは従業員にはみんなやってもらっているんだ」
と、彼は棚の段ボール箱を引っ張って傾けて、箱いっぱいの清め塩の小袋を見せてくれた。

そんな夢を見た。

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