第五百二十七夜

 

顔を洗って居間へ行くと、ソファで珈琲片手に新聞を読んでいた夫がちらりとこちらに目を向けておはようと言うのでこちらもいつも通りの挨拶を返す。

今日は夫が朝食の当番で、サラダは出してある、ハムエッグと味噌汁は温め直してくれというのでそのまま台所に入り、コンロの火を付け、食器棚から食器を準備する。

そろそろ味噌汁が温まったかと電気炊飯器を開けてご飯をよそおうかと思うと、その脇の杓文字立てには白いプラスチックの杓文字が立っている。
杓文字やおたまを収納している抽斗を開けてみても、お目当てのものは見当たらない。
「ねぇ、ゆうべの杓文字が無いんだけど、知らない?」
「え?そこに立ててあるでしょ?」
「これはプラスチックじゃない。昨日の晩の、木の杓文字のこと」。

昨晩の夕食のとき、同じ杓文字立てに木の杓文字が立ててあった。木製品に詳しくないので材質が何かはわからないが、赤みを帯びた地に焦げ茶の木目がちょうど虎の毛皮のように差し込んで、見事な艶と仄かな木の芳香を放っていた。

それでよそったご飯が目を丸くするほど美味しくて、てっきり夫がこっそり買ってきたものなのだろうと思いこんでいたのだが、
「そんなの家に有ったっけ?」
という夫の口振りはどうも照れ隠しでとぼけているようにも思われず、本当にそのお目当てのもの自体を知らないようだ。
「そういえば、今朝のご飯はあんまり美味しくなかったなぁ。今朝から米を変えたりした?」
という夫に、
「きっと昨日が特別に美味しかったんでしょ」
と返し、観念してプラスチックの杓文字を手に取った。

そんな夢を見た。

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