第百八十六夜

 

トレイに載せたグラス二つを窓際の少女達へ運ぶと、
「ね、新しい都市伝説、仕入れちゃった!」
と聞こえてきた。

私のバイト先であるこの店は大手チェーンに比べて値段が安く、彼女達のような学生服姿の客も少なくない。雇われ店長曰く、ビルのオーナが趣味と税金対策で経営しているそうで、商品は安く時給は高い。

クルミとマロングラッセ入り生クリームをウエハースで掬いながら、
「えー。どうせまた胡散臭いのでしょ?」
とベリーショートの少女が眉根を寄せる。
「いやいや、今度は本当、間違いない」
ポニーテイルの少女は緑色に透き通ったブドウの実をスプーンで掬いながら、ベリーショートの少女を上目遣いに見つめる。
「部の大先輩から代々受け継がれてきた由緒正しい怪談なんだから」
「それ、よくある胡散臭いやつでは……」。

二人共この店の常連で、制服からして店の近くの女子校に通う高校生らしい。週に一度、金曜日の夕方にやってきては、部活で使い果たしたエネルギーを甘味で補給してゆく。たまに見かけない週は定期試験の期間なのだと店長が教えてくれた。店長がそういう趣味なのではない。彼女らはある意味でこの店の名物客で、店長からもバイト仲間からも一目置かれ、休憩中や閉店後の片付けのときなど、しばしば話題になるのである。
「昇降口の脇にある大きな鏡、わかる?」
ポニーテイルの少女の問い掛けに、ベリーショートの少女はウエハースを咥えたまま首を縦に振って肯定を示す。粒餡の甘さと抹茶入り生クリームのほろ苦さとコクの、彼女なりに理想的な幸せの配合を味わっている最中のようだ。
「おお、やっぱり」
と、ポニーテイルの少女が満足気に頷くので、
何をそんなに喜んでいるのかと尋ねると、
「鏡なんて無い、というか、あるんだけど見えないし、見る機会も無いから、うちらが知っている筈がないなんだよね」
と自慢げにスプーンを掲げて振り、はしたないと言って叱られる。その上で、ベリーショートの少女がどういうことかと尋ねると、彼女は胸を反らせて語り始める。

彼女の通う学校の昇降口には、廊下として歩く部分の手前に一メートル半ほどの上がり框がある。十数年前まではその左手側の壁に大きな鏡があった。生徒が身なりを整えるのにと父兄から寄贈されたものだという。

ところがしばらくして、生徒から苦情が出た。横を通るとき、視界の隅が妙に気になる、自分以外に誰も居ないのに鏡の中に誰かが写り込んでいるような気がする。

そんな声に学校側が応じるのも却って騒ぎが大きくなろうということで暫く放置されたのだが、ある気の利く先生の提案で、生徒数の増加を理由に下駄箱を増設して鏡を隠すことにした。以来、その下駄箱は一度たりとて動かされたことがない。

つまり、下駄箱が置かれてから入学した生徒達は、先生か先輩かに聞かされない限り『大きな鏡』のことを知らないはずなのだ。

普段なら雑に相槌を打ちながら茶々を入れるベリーショートの少女が珍しく話に聞き入って、グラスの中のソフトクリームがすっかり溶けてしまっているのを気にする様子もない。
「なのに、文化祭シーズンになって一年生に『大きな鏡』を知っているか聞くと、ほとんどの子が知ってるって答えるんだって」
「え、いや、下駄箱で見えないとか嘘でしょう?」
「なら、明日の朝学校に着いたら確かめて見ると良かろう」。

自信満々に言い切ると、ポニーテールの少女はすっかり溶けたマロン・パフェを狙ってスプーンを動かした。

そんな夢を見た。