第百八十五夜

 

酔い潰れた連中の世話を一通り終え、寝る前にさっぱりしようと大浴場へ来ると、深夜ということもあって人気がない。折角海沿いの斜面に設えられた露天風呂の景色は闇の中だが、そちらは朝風呂でのお楽しみとして、今は広い風呂を独り占めして楽しもう。

脱衣場から洗い場へ硝子戸を開け、風呂椅子と洗面器を取って戸の直ぐ横の蛇口の前へ座り、取っ手を捻ってシャワを出して顔に浴びる。自分の立てる音の他には何一つ聞こえぬ静けさに酔った頭が眠くなるのをこらえながらシャワを止め、目を閉じて洗髪を始める。

と、奥の岩風呂からざぶざぶと湯を跳ねる音がする。音の重さからして子供だろうか。こんな夜中に親が連れてきたのか、独りで来たのか、いずれにせよ碌なものでない。

強く叱り飛ばしたいところを堪え、危ないから風呂場で暴れないよう言うと、直ぐに音は止むが、返事はない。まあ、老いも若きも挨拶の出来ないようなのが増えているから、素直に黙っただけでも良しとするべきか。

頭の泡を洗い流し、手拭いを片手に岩風呂へ向かうと、誰も居ないのに気が付いた。視界を遮るものも無い。夜と言っても浴場の灯は湯を透かし見るのに十分明るく、湯の中に隠れているでもない。脱衣場へ戻ったのなら、戸の直ぐ脇に居て気付かぬはずもない。

一体何の音かと考えると目の前の湯に入る気にはならず、そのまま脱衣場へ戻ることにした。

そんな夢を見た。

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