第六百六十四夜

 
季節外れの夕立に降られながら同僚と事務所の最寄り駅まで並んで歩いていると、不意に視界が白く染まり、一瞬後に爆音が轟いた。どうやらごく近くに落雷があったようだ。直ぐに駅構内に入ると、安全確認のために暫く電車が動かない旨のアナウンスが聞こえてくる。

遡ること五時間、少し遅い昼休みに事務所で食事を摂っていると、同僚がその腹囲と同様に巨大な弁当箱を前に何やら浮かぬ顔をしていた。そういえば朝から少々様子が可怪しかったので、どうかしたのかと声を掛けてみた。
「いやちょっと、きょうは嫌な予感がするんです」
と曖昧な言葉が返って来て反応に困っていると、
「多分、今日は帰宅できないようなことが起こると思うんですよ」
と顔を曇らせる。どうしてそんなことが分かるのかと尋ねると、
「僕、いつも着替えを持ってきてるじゃないですか」
と言う。

彼は体格故なのか非常な汗かきで、接客業務も担当する都合上、毎朝大きなリュックサックに着替えを入れて出勤している。昼食前に男性用の更衣室は無いため便所で着替えるのが日課で、今日ももう着替えを済ませているそうだ。
その着替えは小さなナップザックに入れてあり、着替えで脱いだものをそこへ仕舞うのだが、今朝出社して荷物を確認すると、リュックの中にナップザックが二つ入っていたと言う。中を確認すると二つとも洗濯済みの下着とワイシャツで、昨日の着替えを洗濯し忘れたものではない。ナップザックは洗濯物を畳むときに仕込んで、朝はそれをタンスからリュックに詰めるだけで済むようにしているそうだ。
「昨日の夜中に用意したのを忘れて、今朝もう一つ詰めてきただけじゃないの?」
と尋ねると、彼はそうかも知れないと頷きつつ、
「でも、これまで同じようなことが二回あったんですけど、二回とも電車が止まって帰れなくなったんですよ。一回目は地震で、二回目は台風だったかな。幽霊とかを信じているわけじゃないんですけど、誰かが着替えを入れてくれてるのかなって……」。

その時は何を馬鹿なと苦笑したのだが、電光掲示板を流れる案内は「復旧には時間が掛かりそう」から「今日中の復旧は困難」へと数分のうちに変化するのを見て、彼のジンクスも三度目となると、何かあるのではと思ってしまう。
「やっぱりなぁ」
と呟いた彼は、空いているうちにどこかで夕食を摂って、今日は事務所で夜を明かすと言って踵を返し、私もその後に続くことにした。

そんな夢を見た。

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