第六百六十五夜

 

突然の嵐で電車が不通になった。帰宅の足が無くなって困っていると、同僚が家へ泊めてくれると言う。大したもてなしは出来ないが職場にほど近いマンションの一室で、十五分ほど歩けば辿り着けるから、途中の量販店で着替えと晩飯を買えば一晩くらい問題なかろうとの提案だった。

お言葉に甘えて大雨の中を彼に付いて歩き、買い物の末に辿り着いたのは中々立派なマンションで、
「単身者向けにしてはちょっと豪華じゃない?」
と感想を漏らすと、
「ああ、基本的にはファミリー向けだよ」
と彼はエレベータの呼び出しボタンを押す。

降りてきた箱に乗り込むと、
「実は事故物件らしくてさ。実際住んでみても全く気にならないから、安心して」
と笑う彼に、先に教えてくれと半笑いで返す。

エレベータは直ぐに目的の階に止まり、再び彼の後に付いて歩くと、エレベータ・ホールから右に伸びた廊下が折れる手前の部屋に案内され、
「靴の中、濡れているだろう?足を拭くものを持ってくるから、ちょっと待っていて」
と玄関に立たされる。

玄関から左手に廊下が伸び、奥に居間があるらしい。その手前左手側に二つ扉があり、彼がその奥の方へ入ると、抽斗か何かをガタゴトと弄る音がする。

余りじっと見ていても仕方がない。そこから目を離して廊下を観察すると、廊下の右手側にぽっかりと、暗い空間が口を開けている。木目調の四角い枠に囲まれたそれは明らかに部屋の入口だろうと思われるのだが、枠には上下二箇所に蝶番だけが残されていて戸板が無い。

お待たせと言ってタオルを持ってきた彼の指示に従って靴と靴下を脱ぎ、足の水気を拭き取りながら、
「あそこ、扉がないのか?」
と尋ねると、
「ああ、アレが正に曰く付きの部屋らしくてな」
と、さして興味もなさそうに、
「閉まらずの間、だそうだ」
と言いながら買い物袋を奥へ運ぶ。

開かずの間なら聞いたことがあるが、閉まらずの間は聞いたことがない。スーツの裾や背中の水を拭きながらそう言うと、
「なんでも、前の住人、四人家族だったらしいんだけど、それがみんなあの部屋で亡くなっていたんだと」
と説明しながら、居間のテーブルに買ってきた食事を広げ、グラスや取皿を用意してくれる。
「目張りをして、毒ガスだったか練炭だったかまでは知らないけど。それで、その部屋の扉を閉めると化けて出て扉を開けろと騒ぐんで、扉そのものを外して貸し出してるんだと。それなら蝶番も取り払って綺麗にすればいいのにな」
と笑いながら、彼はグラスに麦茶を注いだ。

そんな夢を見た。