第六百二十夜
何やら冷たいものが頬を撫でる感触で目が覚めた。猫が朝飯をねだりにでも来たろうかと思うが、それにしては感触が冷たい。ならばカーテンが風に吹かれ頬を掠めて揺れているのだろうか。いや、師走も半ばになろうかというこの時期にわざわざ窓を開けて寝ることがあるものか。予定外の時刻に起こされた気怠さに目は閉じたまま、寝惚けた頭でそんなことを考える。
顔を撫でる感触から逃れるように寝返りを打つ。このままもう暫く眠るか、それとも観念して体を起こし、さっさと冷たい水で顔を洗って清々しい日曜の朝を始めるとしようか。
今日の予定はどのくらい詰まっていたろうか。詰まっていたならさっさと起きて片付けるのも良かろう。冷たい空気の中、温かい布団に包まって惰眠を貪るのは後でも出来る、寧ろ後顧の憂いを断ってからのほうがよりそれを享受できるというものだ。
洗濯物、食料の買い出し、部屋の掃除……真っ先に思い付くのは家事だったが、しかし今日はその必要がない。何故なら月曜からの出張へ早朝に出掛けなければならないのが面倒で、土曜の昨日から出張先の近くの観光地へ遊びに来ているのだ。
そこで漸く、しかし一息に目が醒めた。
慌てて目を開け、身体を起こすとそこは安いビジネス・ホテルの一室で、壁際に置かれたベッドの枕元は二方向が壁、窓からは三メートルほども離れており、揺れて顔を撫でるような不安定な装飾品の類は当然の如く一切無い。
気味の悪さに背中を押され、一刻も早くチェック・アウトを済ませてしまおうと決意して、まずは何だか神経の落ち着かぬ顔を洗うべく洗面台へ急いだ。
そんな夢を見た。
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