第八百十夜

 
 次のアポイントまで一時間ほど時間が空いてしまい、客先近くの大型商業施設の駐車場に車を停めた。小糠雨が降り続く中を喫茶店まで歩くのも面倒で、細々した仕事は車内で済ませることにする。
 周囲が静かだと落ち着かない質なのでカー・ラジオを掛けながら仕事を始めると、ほどなく用件は片付く。約束まではまだ十分に時間がある。少しだけ仮眠をとろう。シートを倒し、スマート・フォンのタイマを掛けて目を閉じ、凝った首周りの筋肉を揉む。ラジオからは子供の頃、父の運転する車でよく聞いた懐かしいポップスが流れ始めたところだ。
 そのまま眠ってしまったのだろう。ふと気が付くとスッキリと目が覚めて気分が良い。気分どころか体の調子も良いようだ。昨日のトレーニングで筋肉痛だった背中周りもすっかり軽くなったようだ。
 そして気が付く。一体どれだけ寝込んでしまったのだろうか。スマホのタイマに気が付かないほど疲れていたのだろうか。慌てて左腕の時計を見ると、しかし先程から三分も経っていない。文字盤の読み間違えかと目を疑う。が、ラジオからは先程の曲の終わりが聞こえてきて本当に数分しか経っていないと知れる。
 何だか得をしたような気分で倒したシートを起こし、駐車場代が無料になる程度の日用品を買いに車を出た。
 そんな夢を見た。

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