第八百九夜

 
 一限の授業を終えて三限まで暇になり、図書館で勉強をしているとメッセージ・アプリの着信を知らせる振動が鞄から響いた。同じような境遇の友人から、昼休みに入る前に学生食堂で一緒に昼食をとのお誘いのメッセージが届いている。時間を確認すると既に正午まで三十分程になっている。快諾の返事を送信して荷物をまとめ、図書館を出る。
 二分ほど歩くと学食の入口に着くと既に友人が待っていて、小走りに合流する。中は既にそれなりに賑わっていて、職員さんも忙しそうに動き回っている。これが三十分後には全ての席が埋まるほどになるのだから大変だ。
 食券を買って受付へ続く列へ並び、列の前に並べられた惣菜から好みのものをトレイの上へ取りながら進むのだが、昼休みにはこれが十分近く掛かることさえある。
 今日はまだ列を作るほどでなく、惣菜を選んでおばちゃんに食券を渡し、パスタの出てくるまで一分と掛からずに済み、適当に空いた席へ二人で腰を下ろす。
 後期の授業のどれが面白いとかアタリだとか、二人で情報交換をしながら食事をする。途中、
「ちょっと、お茶を取ってくるね」
と友人が席を立つ。食器を下げるカウンタの脇にお茶と水とのサーバがあって、食堂の利用者は無料でお茶が飲める様になっている。
 彼女を待つ間にと、鞄からスマート・フォンを取り出して彼女から聞いた授業情報を簡単なメモにまとめ始める。と、
「うわっ」
と、男性の大きな声が轟いて思わずそちらを見る。それまで思い思いの雑談にざわついていた食堂内がシンと静まり返り、数秒の静寂の後に遠慮がちながらまたざわめきが戻って来る。少しして、学食備え付けのプラスチックの湯呑み二つを手にした友人が戻って来る。
「どうぞ」
と出されたお茶をありがたく頂戴すると、
「あの声、聞いた?」
と彼女が眉間に皺を寄せながら尋ねる。先程の男性の声かと問うと、
「そう、なんかお茶のサーバの前でずーっと棒立ちしててさ、横から覗いたら湯呑みにお茶は入ってるし、両手はポケットの中だからスマホ弄ってて気付いてないとかでもないみたいだしでさ、『どうかしましたか?』って声を掛けたらアレ。すっごいびっくりしたような顔してたけど、こっちがびっくりだっての」
と捲し立てる。言葉の割に怒っているというよりは困惑しているような表情だがと尋ねると、
「そうそう、今思い返すとさ、なんかぼーっとしてたというよりも、本当に時間が止まってたみたいな、そんな感じで立ってたんだよね。気味が悪くない?」
と、彼女は華奢な肩を窄めて抱えてみせた。
 そんな夢を見た。

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