第八百十一夜
帰り道の量販店で何を買おうかと考えながら荷物を片付けていると、同じサークルの友人からメッセージ・アプリで連絡が来た。
――今週の土日、どっちか暇だったりしない?
後期から土曜は午前中だけ講義を選択しているが午後なら時間があるかもしれぬ。アルバイトの予定が入っているか、カレンダを確認し、
――土曜日は講義とバイトで晩くまで埋まっている。日曜は暇にしているから、日付の変わる前くらいの出発で良ければ付き合う。
と返す。
釣りのお誘いだと思ったのだ。共通して所属しているのは映画関係のサークルなのだが、いつぞやの飲み会で互いに釣り好きであることが発覚し、時折近場へ連れ立って折り畳み椅子を並べ、タブレットで映画を眺めながら海やら川やらに釣り糸を垂れるようになって暫く経つ。
ところがこれが早とちりで、
――夜は近所迷惑だから、日曜の朝から、引っ越しの手伝いをお願いしたいの
と来た。
それは別に構わないが、何故十月も半ばが近付いてからの引っ越しなのか。もう一月と言わず二週間でも早ければ後期授業に掛からず楽だったろうに。リュックを背負って教室を出ながらその疑問を送信すると、事情の説明が面倒なのでと通話の着信が来た。
彼女の第一声は、つい先週に引っ越しを決意したのだから仕方がないというものだった。どういうことかと尋ねると、
「鍵がね、戻ってきたの」
とよくわからない言葉が返ってくる。鍵というのは、今彼女の住む部屋の鍵のことだそうだ。まだ暑くなる前だから五月の連休の頃だったか、そう、首都圏ではそこだけと二人で解禁されたばかりの秩父の川へ釣りへ行った帰りに、部屋の鍵を失くしたという。鍵には小さなキャラクタの人形を付け、財布のファスナの金具とバネ状のビニル紐で繋いで持ち歩いていたのだが、いつの間にか無くなっていたという。その晩は大家に連絡をして部屋に入り、結局鍵を付け替えて痛い出費になったのはまた別の話で、
「電車に乗るときはスマホしか出さないし、あの日、財布を出した最後って向こうでご飯を買ったときで、無くすならその時くらいしかないのだけど……」
その鍵の入った茶封筒が、先週の月曜日にアパートの郵便受けに入れられていたそうだ。封筒に宛名書きのようなものはなく、郵便その他が使われたのではなく誰かが直接持ってきたものらしい。鍵の形も見慣れたものだし、なにより千切れたビニル紐と人形とはそのままだったから、彼女の失くしたものに違いない。五ヶ月も経ってそんなものが誰かの手で自宅に戻された。その事実が不気味過ぎると両親に無理を言い、急遽引っ越しを決めたのだ。
彼女はそういうと、彼女の最寄り駅へ集合する時刻を告げ、当日は彼女の父親と二人で力仕事を担当してもらいたいから、
「お願いね」
と言って通話を切った。
そんな夢を見た。
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