第八百五十四夜
四月からの新生活を前に最寄り駅から数駅の範囲でアルバイト先を探し、幾つかの候補に絞って面接を申し込んだ。春らしく日差しの暖かな午前十一時、自転車で二駅離れたカラオケ店へ向かうと、制服姿の店員が店先を掃除していた。
挨拶をすると彼が店長らしいと分かり、急ぎ掃除道具を片付けた彼と店内に入り、カウンタの跳ね上げ天板から奥の事務所に招かれる。
パイプ椅子に腰を下ろすよう促され履歴書を手渡すと、
「通り一遍の質問だから」
と言って高校時代のバイト歴やら部活動を尋ねる。途中カウンタの方から電子音が聞こえてくる。他の従業員は出勤していないものらしくしばらく鳴り続けるので、自分に構わずコールに出てくれと申し出ると、
「いや、今日はまだ開店前だから、お客さんじゃないのよ」
と店長が笑う。どこかの部屋で接触不良が起きているのだろう、内線の受話器周りは酔って乱暴に扱う客もおり、よくあることだと言って、コール音の鳴り響くまま面接は続く。
簡単に仕事の内容の説明を受け、それが終わる頃になって漸くコール音が止んだ。と思う間もなく今度は男の呻き声が聞こえてきた。重く響くが少しくぐもって遠いその声は、どうやら店の入口の硝子戸の向こうから聞こえてくるようだ。
その声の出所が気になって首を回して辺りを見回していた私を見て、店長は頭を掻き、
「参ったなぁ」
と呟く。声に振り向いた私の目を二、三秒じっと見た後、
「正直に言うとね」、
この店の先代の店長が、店の前に突っ込んできた酔っ払いの暴走車に轢かれて亡くなっていると言う。それで、無人の部屋からのコールや店先からの呻き声、男子トイレの水が勝手に流れるなどの異常が続いているのだが、
「具体的に何か害があるわけじゃないから、よかったらうちで働いてくれないかな。特に女の子が次々辞めちゃうんで、困ってるんだよね」
と、相場の三割増しの時給を提案してくれた。
そんな夢を見た。
No responses yet