第八百五十五夜
算数の授業が始まって十五分ほどが過ぎた頃、教室の後ろのドアが音を立てて開かれた。クラス中が驚いて振り返り、黒板で問題を解いていた宿題忘れのやんちゃ坊主がチョークを取り落としそうになってお手玉をする。
振り向いた皆の視線の先には息を切らした体育委員の女子が独り、青い顔をして立っている。先程までの体育の授業の用具の片付けを外でやっていたのだろう。三月も半ばとなったがまだまだ寒い日が続いているから身体が冷えてしまったか。
独りで戻ってきた彼女に先生が男子の体躯委員の名前を挙げて、
「あいつと一緒じゃないのか?」
と尋ねると、教室中から
「今日はお休みでーす」
の声が響く。どうやら休みについて失念していたようだ。そのため別段指示を出さず、誰も手伝わなかったのだろう。仲の良い女子でも男子でも、誰か気を使って手伝ってやればよかったものを。自分のことを棚に上げた生徒達から、
「先生ひどーい」
「かわいそー」
の合唱が始まると、
「今日はカラー・コーンを少しだけで、こんなに時間が掛かるものでも無かっただろう」
と担任が宥めようとする。
すると当の体育委員は、
「違うの。体育倉庫で変なことがあって……」
と相変わらず青い顔をして小刻みに震えている。
先生がひとまず教室に入って上着くらいは着るようにと促すと彼女は自分の席に戻り、席の上に畳んであったトレーナを被り、体操ズボンの上からスカートを穿いて席に着き、『変なこと』の説明を始める。
曰く、彼女はカラー・コーンを自分の腕力に見合う重さまで重ね、三度に分けて体育倉庫まで運んだ。その三度目が問題で、倉庫の扉の前までやってきたところで、倉庫の中からゴンと大きな音がした。思わず足を止めたが手に持ったコーンが重いので、何か中の用具が倒れでもしたものと思うことにして再び歩を進めると再びゴンと音がする。同じような音が二度続いたということは、何かが倒れただけなはずがあるまい。これは誰か悪戯好きが隠れて脅かそうとしているのだと思い、
「誰?誰かいるんでしょう?」
と声を掛ける。すると今度はドンドンドンと三度、倉庫の奥から大きく重い音が返ってくる。
「そんな悪戯したって怖くないんだから」
と言って倉庫に入りカラー・コーンを置くと、今度はまたドンドンドンと三度大きな音がする。その音がなんと左右と奥の三箇所から聞こえ一人の悪戯ではない事がわかると同時に、音の出所に人の隠れるスペースのないこともわかって、
「大慌てで出てきちゃって、だから倉庫の扉が開けっ放しで……」
と、恐怖を感じつつも戸締まりを心配する彼女の様子に笑いが起こった。
そんな夢を見た。
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