第八百五十二夜
春休みの宿題も早々に終えて暇をしている娘が本を読む傍らで仕事をしていると、突然部屋が暗くなり、パタパタと雨が窓を叩き始めた。同僚に離席を通知して洗濯物を取り込もうと席を立つと、娘も立ち上がって手伝ってくれると言う。
天気予報には無かったのにと愚痴を言いながら取り込んだものを娘に渡すと、彼女は私が普段するように椅子の背もたれにそれらを掛けてくれる。
取り込みが終わって雨に濡れたものとそうでないものを選別し、濡れたものを再度洗濯機へ運び込むと、娘は窓辺に立って既に雨の止んだ青空を見上げている。
「どうしたの?」
と尋ねると、
「お母さん、これね、魔法だよ。魔法の呪文」
と嬉しそうに微笑みながらこちらを振り向く。何のことかと尋ねると、数日前に彼女もこんな短時間の通り雨を降らせたことがあるのだという。
数日前、図書館へ春休みの暇潰しに本を借りに行った。小学校低学年の足で歩いていくには少々遠いところに市内で最も大きい図書館がある。同級生のお母さんが店の定休日だからと、仲の良い数名を車で連れて行ってくれたのだ。
書架の林立する中を探検していると、整然と並んだ本の列の上に、娘は奇妙な本を見つけたのだという。私の祖父母の家に行ったときに、似たようなものを見たことがあると言って説明する娘の言葉から推測するに、それは手作りの本を作るために市販されていたキットらしい。厚い紙に絵や文字を書いたり写真を貼ったりしたあと、その表面にこれまた分厚いフィルムを貼って保護し、自分だけの本が作れるという商品があったそうで、私の母が幼稚園で、卒園記念にそういう本を作ったというのを見たことがある。その保護フィルムの手触りが、娘に祖父母の家の古いアルバムのそれを思い出させたのだろう。
その横倒しに置かれた本には幼い子供がクレヨンで書いたような文字で「まほうのじゅもん」と書かれているらしいことが辛うじて読み取れた。本棚から取り出して開いてみると、表紙には雨粒を喜ぶ家族の絵と書名・作者名が書かれているようだが、文字が下手でどうにも読み取れない。開いてみると雲の上から雨の降る町を見下ろしたような絵が描かれ、横一列にひらがならしきものが書かれていたそうだ。
「全部で六ページでね、多分こうかなって読んだら、急に暗くなって雨が降ってきたの」、
だから、きっと先程の雨も誰かが図書館でその本を見つけて読んでみたのだろう。
「でも、私のときはさっきよりは長く降ってたから、多分私のほうが読み間違いが少なかったんだね」
と娘は腰に手を当てて胸を張った。
そんな夢を見た。
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