第八百四十六夜

 
 バイトを終えて帰宅すると、珍しく弟が既に帰宅していた。炬燵の天板に顎を乗せて、珍しくテレビのバラエティ番組を見ている。普段はそうしている私を馬鹿にする彼に、持ち帰った廃棄の弁当の好みを尋ねると、ちょっとそういう気分でないという不思議な返事が帰ってきて少々戸惑う。
 荷物を置き、上着を脱いで彼の後ろのソファに座り、どういう心境の変化で「くだらない」番組を見ているのかと問うと、彼は意外にも上ずった声で、
「姉ちゃん、幽霊って見たことある?」
と画面を見詰めたまま尋ねる。弁当の蓋を開け、いただきますと手を併せていたところにそんなことを言われて心底驚く。理系を自称し、ホラー映画さえ見ない彼の言葉とは思えない。ここのところめっきり寒くなったこともあり、風邪でも引いたかと尋ねると、彼は
「さっき見た」
と言って事情を説明し始める。
 後期の試験を終え、事実上長い春休みに入った彼は、サークルの友人達と軽く酒を飲んだ後、大学近くのバッティング・センターに行ったのだそうだ。四人で一つのブースに入ってワイワイ楽しんでいると、一人が急に黙り込んだ。酒の入ったところで体を動かして吐き気でも催したかと尋ねると、青い顔で隣のブースを指さして、
「隣、あいつだよ」
と震えている。指差す方の隣といえば、先程から一人で黙々といい当たりを連発していた気がする。右隣のブースを振り返ると、左打席に背の高く分厚い身体をした単発の若い男が立って、やはり黙々と切れのあるスイングを続けている。
 そのスイングを見てピンときて、皆慌ててそこを出て解散したのだという。
「今年の新入生でさ、元野球部の後輩がいたんだけど、夏にバイト先の事故で亡くなった奴がいて……」
左打席に立つそのスイングも体格も、その彼にそっくりだったのだと言うと、彼はそれきり黙って画面を見つめ続けた。
 そんな夢を見た。

No responses yet

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

最近の投稿
アーカイブ