第八百二十二夜

 
 知人と映画を見に行こうと誘われて、即答で断った。どうせ何の予定もないだろうになぜ断るのかと実に余計な一言を加えながら理由を問いながら、彼は不満気に頬をふくらませるが、もちろん可愛気など一切感じない。
 寧ろ余計に不快な気分になり、その気持に任せて
「それはお前がいつも遅刻をしてこちらを待たせるからだ」
と直球で理由を投げつけてやると、今度は自信あり気に幾度か頷いて、
「それは仕方がない。俺は人を待つことの出来ない星の下に生まれたのだ」
と宣う。
「何だそれは」
と腹の底から呆れる私に彼は、
「いや、これが本当に冗談じゃなくてな。物心ついたときから、俺が人を待ってると相手と絶対に落ち合えなくなるんだよね」
とわけの分からぬことを言う。白いものを見る目で彼を見る私に、それでも彼は自信満々に、人を待つと碌なことにならないと言ってこれまでの経験を語る。
 初めて気が付いたのは小学生の時だったという。友達と公園で待ち合わせをして自分が先に着けば、きまって相手が現れない。その日に限って宿題を片付けてから遊びに行けと言われたなどの些細なことなら良かったが、あるとき待ち合わせの相手が交通事故に遭って病院に運ばれた。幸い命に別状はなかったのだが、翌日になってそれを聞き、自分が人を待ってはいけないのだと悟り、待ち合わせにはわざと予定時刻に遅れて向かう、早めに着いてしまったときには意味もなく近くの公衆トイレを探すなどして遅刻する癖が付いたそうだ。
 高校に入ると待ち合わせをする機会はめっきり減ってその意識が薄れた頃、繁華街の駅での待ち合わせでうっかりそれを忘れて待っていたところ、すぐ隣の駅で人身事故・区間運転見合わせのアナウンスが流れてきた。直ぐに携帯電話が鳴ると、
「復旧の見込みが一時間以上後とか言っててさ、映画にはとても間に合わないし、悪いけど今日はキャンセルで」
との友人からの連絡だったという。
「それ以来もう絶対、人は待たないと決めたんだ」
と口の端を上げる彼の目は、心做しか赤く充血しているように見えた。
 そんな夢を見た。

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