第七百七十三夜
たまの休日に夏物の服を買い込んだ帰り、大きな紙袋を抱えてそのまま帰宅するのも味気なく、ちょっと休憩しようかと喫茶店に立ち寄った。レジでカロリの塊のような飲み物を頼み、小さなトレイに載せて出されたそれを受け取って、空席を探しながら店内を歩く。
何しろ紙袋が大きいから、迷惑にならないよう壁際に二人掛けの席が空いていればと思いながら周囲を見回すと、店の角に男性が独りで座っている隣の席が空いていて、そそくさとそちらに向かい、手前のソファに紙袋、テーブルにトレイを置いて、テーブルの狭い隙間を通って壁際のソファに腰を下ろす。
ストロから糖分たっぷりの液体を吸い、一息吐く。ソファに置いた鞄からスマート・フォンを取り出して暫く弄り、二口目をと口をつけたとき、隣の席の男性が目に入った。
彼は通路側のソファに腰を下ろし、机に右手で頬杖を突きながら壁の方を楽しげに見つめている。壁に絵でも飾られていたかと思い、ちらりとそちらに視線を移してみるが、特に何も無い。少々気味悪く思いながら視線をスマホに戻す途中机の上にトレイの載っているのが目に入る。二つあった。
彼の直ぐ目の前に、珈琲カップの載ったものが一つ。そして壁側に近い方に、私の持っているのと同じ薄いプラスチック製のタンブラが一つ。私の飲んでいるものよりは生クリームやキャラメルの分量が少ない様子だが、男性が飲んでいるイメージは余り無い。
なるほど、世の中には色々な人がいるものだ。ひょっとすると私の座るこの席が空いていたのも、ある意味で彼のお陰なのかもしれない。
なるべくそちらを見ないよう意識しながらスマホを弄っていると、ややあって彼が席を立つ。相変わらずの笑顔で少し背を曲げて、二つのトレイを重ねて片付け取り上げようとする。その様子に思わず目を向けると、タンブラの飲み物が無くなっているのに気が付いた。先程見たときにはメニュの種類が分かるくらいだったから、ほぼ手付かずだったはずだ。それを隣の私が気付かれぬまま、テーブルの反対側から手を伸ばしていつの間にか飲み干すなど、果たして可能なのだろうか。
取り上げた拍子に皿の上でカップがずれて音を立てると、彼は私に向かって照れ隠しのような笑みを浮かべ、
「失礼しました」
と軽く頭を下げてその場を去って行った。
そんな夢を見た。
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