第七百七十二夜

 
 部活帰り、へとへとの友人達と歩く商店街には香辛料の香りが漂っていた。最終下校後の帰り道も、五月も末が近づいて随分と明るくなったものだと季節の巡る早さに驚く。もうすぐ高校最後の地方大会が本番を迎えると思うと、もう少しだけ待ってくれと思わないでもない。が、大会が伸びれば他の連中だってその分だけ練習をするわけだから、どのみち結果は変わらないのかもしれない。
 そんな事を頭の片隅で考えながら、部活仲間と最寄り駅まで続く商店街を駄弁りながら歩いていると、ふと後輩の一人の鞄にぶら下がって揺れている割と大きな懐中電灯に気が付いた。それを指摘すると仲間達は、一体何故そんなものを持ち歩いているのか、そもそもこれまでそんなものを持ちあるていたのかと口々に尋ねる。皆の視線の集まった彼はバツが悪そうに坊主頭に手をやり、
「それがさぁ」
と事情を説明し始める。
 彼の家は高校から電車に二駅乗って降りた後、そこからほど近い小山を登った中腹にあるそうだ。その麓の親戚の家に自転車を停めてあり、駅との行き来はその自転車で、そこと自宅との往復は自転車では急過ぎる舗装路を避け、徒歩で未舗装の小道を登るのだという。それが人一倍足腰の強い理由かと誰かが感嘆の声を上げる。
 入部した四月の終わり頃は日の入りが早く、山を登り始めるまでにはすっかり暗くなっていたのだが、そこは生まれてこの方幾度となく往復した道のこと、道を外れでもするつもりでなければ灯などスマート・フォンのライト程度で問題なく歩けたのだという。
 ところが、
「今週の月曜だったと思うんですけど、山の途中までは明るくなって来たのに気が付いたんですよ。で、半分くらい登ったところですっと暗くなって、スマホをポケットから出そうとしたら、何ていうのかな……」
彼の進もうとする足元、およそ二歩で歩けるくらいの範囲がぼんやりと明るくなったのだという。地元の祭りで見たような、ロウソクを入れた提灯を膝のあたりに構えているような様子で、
「爺ちゃんに話したら『山の神様が親切にして下さったんだ』とか言うんですけど、俺めっちゃビビっちゃって」
とはにかむ彼の周囲で、先輩連中は夏休みにでも肝試しに行きたいと盛り上がった。
 そんな夢を見た。

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