第七百六十八夜
二十二時まで一時間、店に着いてバックヤードで簡単な着替えを済ませ、店内に出る前に済ませておくべき仕事に取り掛かる。雑務は色々あるけれど、その多くは状況の動かない深夜になってから、お客の来ない隙に掛かるのが最も効率が良く、日付の変わらぬうちにこなしておくべき仕事というのはそう多くない。
他の店舗がどうかは知らないが、少なくとも私はそうなるようにあれこれ仕向けてこの仕事のパターンを維持している。夜型の生活でいい加減にしないと体を壊すとは言われるが、別段そう長生きをしたいわけでもない。基本的に暇な深夜帯に高い時給のアルバイトを雇うのも勿体ない。元々が宵っ張りだし、人の多い時間帯に出かけるのも好きではないから、夜型の生活自体が苦でもない。
二十二時まであと十分ほどになったところで粗方はカタが付き、同時にぼちぼちアガリのバイトが裏へ戻って来る。と、お疲れ様の挨拶のついでに、
「例のお客様、また来ましたよ」
と言って更衣室へ入っていく。更衣室と言ってもバックヤードの天井に這わせたカーテンレールに厚手のカーテンを這わせただけのものなので、会話をするのに支障はない。事務仕事に意識が向いていて彼女の言葉の意味がわからずに、
「え、何だっけ?」
と聞き返す。
毎晩夕方七時前、身綺麗なスーツ姿の女性が買い物に来るらしい。常連が付くのはいいことだと思いきや、その女性の買う商品が不思議で、夕食と思しき弁当とサラダ、朝食と思しきサンドウィッチ、香りの好い紅茶の紙パック、それにアルコール消毒液の入った小瓶だという。小瓶と言っても携帯用というよりは常備用の商品で、出先から帰宅する度に使ったところで一ヶ月で使い切るのは難しいだろうサイズだという。
潔癖症なのではないかと推測すると、
「いや、ただの女の勘なんですけど」
と言って暫く黙った後、
「あれ、多分飲んでますよ」
と言ってカーテンが開く。そんな馬鹿なことがあるかと答える私に彼女は自身に満ちた笑みを浮かべ、
「当たるんですよ?私の勘」
と宣言して店を出て行った。
そんな夢を見た。
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