第七百六十九夜

 

「お姉ちゃん大変!」
と、スマート・フォンの室の悪いスピーカから子供の金切り声が半ば音割れして鼓膜を刺した。小学生らしく朝からテンションが高いと評するべきか、自分も兄も割と子供の頃から朝は弱かったら、義姉の血と評するべきか判断に迷う。
 朝食の片付けを行いながら何が大変なのかと尋ねると、昨夜抱いて寝たはずのぬいぐるみが今朝起きてみると「居なく」なったというようなことを早口で捲し立てる。彼女も登校時間が近くて忙しいのだろうか、それとも不思議な出来事に興奮しているのだろうか。
 「ぬいぐるみ」というのは、一メートルほどの大きさのクマのぬいぐるみで、肌触りと抱き心地が非常に好い。子供の頃に父に買ってもらったものが随分とくたびれたので、数年前にアルバイト代を貯めて購入し、代替わりをしたものだ。
 それを、私の一人暮らしをしているアパートの近くのテーマ・パークに遊びに来たいと兄一家が泊まりに来た折、血のなせる業か姪がえらく気に入って、暫く貸してくれないかと言い出した。
 姪には絶対に汚したり壊したりしないこと、兄夫婦にはそのぬいぐるみの売っている別のテーマ・パークへ夏休み中に行って買ってやることを約束させ、それまでの間だけ貸し出してやることにした。
 それが家中探しても見つからないのだという。探すも何も、兄一家の借家にあの子を隠すような場所など合っただろうか。そう、ちょうど今ベッドに寝転がっているような大きさで、よほどスカスカの押し入れか、車のなかでもないと収まらない。普通の家の中になど、隠そうにも隠せない代物だ。
――……。
「あ。安心して、うちに帰ってきちゃったみたいだから」
と言うと不思議がる姪に、一度電話を切ってビデオ通話を掛け直し、ベッドのクマを見せてやると彼女は安心したようで、
「ひとりでお家に帰れて偉いんだね」
とクマを褒めるのだった。
 そんな夢を見た、

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