第七百二十二夜

 

 電話が鳴って、夕飯の支度に掛かっていた手を止めた。電話機のディスプレイには二年前まで息子のお世話になっていた幼稚園の名前が表示されている。はて今更何の用かと首を傾げながら受話器を取ると、裏山で息子が寝ていたを見つけたが、もう辺りも暗いので迎えに来て欲しいと言う。

 電話口で頭を下げて直ぐに迎えに行くと告げ、取るものもとりあえず上着を羽織って車に乗り、日の暮れかけた中をかつて通い慣れた幼稚園へ向かう。幼稚園は古墳、ではなく墳丘墓というのだそうだが、弥生時代のお墓に建てられた神社の付属で、裏山というのはその墳丘の盛り土のことだ。卒園してからも近所の子供達が遊び回り、息子も夏にはカブトムシやクワガタムシ、セミを採ってきた。

 駐車場に車を停め、御免下さいと声を張りながら鳥居をくぐると園舎から息子を連れた園長先生が出てきて、お久し振りと笑いながら手招きする。再び頭を下げながら小走りに駆け寄ると、息子は一体何をしていたのかあちこち土塗れだ。
「それがね、裏山で学校のお友達と隠れん坊をしていたそうなのだけれど」
と園長先生が笑顔のまま首を傾げる。

 裏山で息子を起こしてから聞き出したところによると、隠れん坊の際に枯れかけた草叢の奥に横穴の空いているのを見付けて入り込んだのだという。高さは屈んで入れる程度というから五、六十センチメートルほど、奥行きは二メートルほど。奥まで行って振り向くと枯れ草の隙間から僅かに外が見え、そとから「もういいかい」の声が聞こえてくる。見つからないよう奥の方で腹這いになって、「もういいよ」と返事をする。ここならそう簡単には見つからなかろう、鬼がまるで気付かずに目の前を通るかもしれないと、ドキドキしながら外を見つめていた。

 ところが暫くして、ドサっと音がしたかと思うと上から体が押さえつけられ、目の前が真っ暗になった。穴が崩れたのだと直感する。幸いうつ伏せに肘をついていたため顔の前には僅かの隙間があって、外にいるだろう友達に向かって幾度となく助けを求めて声を張り上げたが、空気が薄くなったのか程なく気を失ってしまったと言う。

 しかし園長先生が見つけた息子は、
「確かに、髪や耳まで土塗れではあったんだけど」
裏山の納屋の近くの細道で、樫の木の幹に背中を預けて眠っていたそうだ。

 きっと神様が助けて下さったのだと、三人で拝殿に深々と頭を下げた。

 そんな夢を見た。

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