第六百九十四夜
この炎天下の中、しばらくぶりに趣味の自転車を走らせたくなった。しかし焼けたアスファルトの上をというのも流石に嬉しくないということで、電車で近場の山まで移動した後、木陰に期待してその山道を登ることにした。
山道は入ってすぐに背の高い木に囲まれ、崖寄りに影を選んで走ると、街中よりは随分と涼しく感じる。日除けのお陰もあれば、森に蓄えられた水分のお陰というのもあるのだろう。
久し振りに上機嫌でペダルを漕ぐうち、見慣れない石段を見かけてその下に自転車を停める。これまで幾度か走った道だが、単に気付かなかっただけだろうか。ハンドルへナビ代わりに取り付けたスマート・フォンで地図を確かめるが、案の定というべきか電波が届いていない。
神社か寺でもあるのなら休憩ついでに挨拶でもと思い、自転車にチェーンを掛けて石段を上る。周囲の空気は日陰の路上よりも一段と冷たい。幅一メートルほどの段の左右の隅には落ち葉が溜まっているものの、人がすれ違う程度の足の踏み場はある。手入れが行き届いているとは言えないまでも人の出入りはあるということだろうか。
左右から伸び放題の枝を折らぬよう手で退けながら上ると、一度左手に折れてから山門があった。こちらもやはり、手入れされているというほどには綺麗でなく、打ち捨てられているというほど朽ちたり苔生していたりもしない。
ところがいざ山門の前に立つと様子がおかしい。土塀に囲まれた敷地は、建物らしいものの何一つない更地だった。無人なのは明らかかと思われるが念のため「御免下さい」と口にしながら山門を潜ると、何もない小さな敷地の中央に、焼け焦げた木材か何かの埋められた穴のようなものが見える。
一体何がと数歩だけ歩み寄ると、慌てて踵を返し石段を転がるように駆け下り、自転車に跨ってその場を離れた。穴の中を見下ろして、バラバラに壊れて焼け焦げた仏像と目が合ったのだった。
そんな夢を見た。
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