第六百三夜

 

定期試験の初日、午前で三教科の試験を終えて、秋雨の降る中を帰宅していた。急に秋めいて肌寒い住宅街は昼下がりということもあってか人気が無く、細い道を通る車も無い。ただ傘を打つ雨滴のノイズを聞きながら、ところどころに出来た水溜まりを避けながら歩く。

家にほど近い小さな公園の前にやってきたとき、不意に甲高い金属音が聞こえた。鈴の音のようだ。右手に持った傘を僅かに掲げて音の出所を伺うと、公園のベンチの脇に一人の托鉢僧が立っている。すぐ背後の植え込みの樹から伸びる枝が青々と葉を茂らせてちょうど雨宿りの格好にはなっているが、それで雨を十分に防げているとは思われない。平日のこの時間に公園へやってくることなど滅多に無いのだが、この僧侶は普段からこうしてそこに立っているのだろうか。

不思議に思いながらもそのまま帰宅して、在宅でリモート・ワーク中の母の作っておいてくれた昼食を食べる。食器を片付けていると寝室から母がトイレ休憩に出てきたので、帰宅の挨拶と食事を終えた挨拶とを一度に済ませる。
用を足して洗面所で手を洗う母に、先程の托鉢僧について尋ねてみる。リモート・ワークが増えて以来昼休み中に買い物へ出ることの増えた彼女ならば何か知っているかもしれないと期待してのことだ。
「ああ……へぇ、あれが見えたの?」
とよくわからないことを言う彼女に何のことかと尋ねると、仕事中だから手短にと断って、
「あの公園のベンチの裏って、シキミの木のことでしょう?」
と確認をする。木偏に密、樒と書いてシキミと読むのだそうだ。
「貴女が小さい頃のママ友付き合いでね、あの樒の木にはお坊さんの幽霊が出るって話を聞いたことがあるの」。

曰く、公園からちょっと離れた旧街道沿いにあったお寺に泥棒が入った。物音に気付いた住職と揉み合いになった泥棒は住職を殺し、寺に火を放って逃げ、奥さんを残して住職と娘さんが亡くなったのだそうだ。何もかも失った奥さんは焼け残った僅かな家財と土地を売って実家に戻ったのだが、その際に寺の庭木の管理を任されていた造園業者が庭木の類を引き取った。ちょうどその頃、同じく管理を任されていた公園に、ベンチに直射日光が当たって具合が悪いという意見があって、背丈と枝振りがよく秋冬でも葉を落とさない常緑樹を植えた。それが件の寺から引き取った樒で、あの樒の下でお経を読んで殺されたご住職が娘さんを弔っているんだとか、お寺の再建のために托鉢をしているんだとか、
「樒は毒があって危ないから子供が近付かないようにとか、植え替えさせたくて出来た噂だと思ってたんだけど、まあ兎に角そういう噂があるんだって」
とわざとらしく作った低い声で凄み、彼女は仕事場の寝室へ戻っていった。

そんな夢を見た。