第五百九十四夜

 

二人前の酒と肴とを入れた手提げ袋を手に部屋の扉を開けた家主に招かれるまま部屋へ上がり、下駄箱の上に置かれた消毒液を手に擦り込んだ。

部屋の主は大学の友人で、ここ数日顔色が優れないのを心配して声を掛けてみたところ最近良く眠れないのだと言う。ちょうど週末だったこともあり、それなら酒でも飲んでストレスを発散したら眠れるようになるのではないかという屁理屈で、こうして彼のアパートへ招かれることとなった。

綺麗に片付いた部屋に酒と肴とを広げ、彼の推薦だという古い映画をモニタに流しながら乾杯する。

映画の少し落ち着いたところで不眠の原因に心当たりはないのかと尋ねると、彼は時計を横目に見て、
「まあ、もう少し映画を」
と酒を飲む。

そろそろ映画も佳境というところまで来て彼は唐突に席を立ち、酒が足りないから買い足してくると言う。それなら一緒にと申し出るが、彼は映画を楽しんでくれと言って一人で部屋を出る。

そう言われてしつこく食い下がるのもどうかと思い、大人しく部屋で一人待たせてもらうことにする。彼が部屋を出て数分、尿意を覚えて映画を停止して便所を探し、用を足す。

便所を出たついでに玄関を見るとまだ彼の靴は無い。手を洗って部屋に戻り映画の続きを再生する。それを観ながら氷が溶けて随分と薄くなった酒をちびちびと舐めていると不意に背後から名前を呼ばれ、思わず「はい?」と返事をして振り返る。ソファベッドの背の直ぐ後ろは壁だ。そもそも二人しかいなかった部屋で、部屋の主が出掛けている今、一体誰が名前を呼ぶというのか。

酔って幻聴でも聞こえたか、映画の音がたまたまそんな風に聞こえたか。そう思いながら映画に目を戻すと、ちょうど部屋の主が酒を持って帰ってきた。

テーブルに荷物を広げながら何か変わったことはなかったかと尋ねる彼に、酔っ払って名前を呼ばれる幻聴を聞いたと冗談めかして答えると、
「お前も聞こえたか」
と彼は顔を顰めてみせた。

そんな夢を見た。